神殺しのクロノスタシス7〜前編〜

しまった。

こんな下らないミスをするのも、やはり初めてだった。

「ひっ…!?」

暗闇の中に、俺の姿を見つけたのだろう。

ターゲットはびっくりして、慌てて逃げ出す…。

…のではなく。

彼女はまず真っ先に、傍らで眠っていた娘を抱き締めた。

庇うように。守ろうとするように。

せめて娘だけは、と。

俺にとっては予想外の行動で、俺の方が面食らってしまった。

「やめて…。この子には何もしないで…!」

…なんで?

自分の身は守らなくて良いの?なんで、まず真っ先に自分の子を…。

その時、俺は気づいた。

この人にとっては、自分の命より娘の命の方が大事なんだ。

咄嗟に抱き締めて守ろうとしたのが、その何よりの証拠。

…分かるよ。

俺にもあるから。…自分の命より大切な命が。

やだよね。奪われたら。

「…ねぇ、君」

「やめて…!来ないで…!」

俺、一歩も動いてないよ。

「君、薬を売買してたってほんと?」

「えっ?」

今度は、ターゲットがびっくりする番だった。

「外国から勝手に麻薬を仕入れて売って…。それに、君も麻薬中毒だって聞いたけど」

「…」

「もし本当なら、俺は君を生かしておく訳にはいかないんだ」

ターゲットに、自分が殺される理由を淡々と説明してあげるのも、やはり初めてのことだった。

これまでそんなことしたことなかった。

ターゲットを見つけるなり、問答無用で殺していた。

それが当然だと思っていた…。

すると。

「ち、違います…!私は、麻薬中毒なんかじゃありません…!」

髪を振り乱して、怯えながら、彼女は否定した。

「ほんとに?」

「昔…生活に困って、何度か…人に誘われて、麻薬を…売ったことは、あります…」

そう。

「でも…それはもう、何年も前の話です!今はやってません!今は、今は…娘の為に真っ当に働こうって、そう決めたんです!」

「…」

「本当です。神に誓って、その手の仕事はしていません…!」

麻薬中毒者の「これからは真っ当に」とか、「神に誓って」などという言葉は。

「一生に一度のお願い!」くらい、信用出来ない。

ということを、俺は経験で知っている。

だけど…それでも、この人の言ってることは本当だろう、と思った。

そういう薬に溺れている人は大体、顔を見れば分かる。

頬がげっそり痩けていたり、それでいて目だけはギラギラしていたり。

挙動や言動がおかしかったり、呂律が回っていなかったり…。

そういう、薬物中毒者にありがちな特徴が、この人にはまったくなかった。

本人が認めた以上、かつて、薬の売買に手を染めていたのは本当なのだろう。

だけど、それは過去の話。今は違う。

信用出来るのか、って?

あのねー。俺はナジュせんせーみたいに、人の心の中は読めないけどさ。

長いこと、暗殺者なんてやってると…こういう時、相手が本当のことを言ってるのか。

それとも、命乞いの為に苦し紛れで嘘ついてるだけなのか、見れば分かるんだよね。

この人は、前者だ。

かつては、違法なお薬の売買に手を染めたことがある。

だけど…今はやってない。

つまり、『アメノミコト』の脅威にはならないってことだ。