神殺しのクロノスタシス7〜前編〜

…ここに、ターゲットが。

連絡係に渡された紙切れによると、ターゲットが住んでいるのはここの2階の角部屋、だったっけ。

2階だろうが1階だろうが、俺にとっては障害にはならない。

俺は片手から糸を伸ばし、2階のベランダの柵を掴み。

ひょいっ、と身体を持ち上げて、ターゲットの部屋のベランダに辿り着いた。

窓にはカーテンがかかっているので、部屋の中からこちらが見えてしまう心配はない。

そーっと、窓から部屋の中の様子を探る。

…人の気配がする。

ってことは、ターゲットは在宅中なのか…。

もし、今夜ターゲットが留守だったら…俺は、このまま手を下さずに帰ることが出来たのに。

…。

俺は、窓にそっと手をかけた。

当然、窓には鍵がかかっている。

でも、問題はない。

蜘蛛の糸より細い俺の糸が、閉めた窓のほんの僅かな隙間をかい潜って、室内に入った。

あとは簡単。糸をくっと引っ張って、窓の鍵を開ける。

あっという間に、物音一つ立てることなく窓が空いた。

つくづく暗殺に特化している自分の魔法に、吐き気がする。

これまで、こんな気持ちになったことはなかったのに…。

俺は、そっと窓から室内に入った。

部屋の中は真っ暗だった。物音一つしない。

…どうやら、ターゲットは就寝中のようだ。

家具の少ない居間を、ぐるりと見渡し。

それから…薄っぺらくて、ツギハギの目立つ襖(ふすま)を見つめた。

襖の下の方に、クレヨンで、下手くそな絵が描いてある。

どう見ても、子供の絵だった。

俺は音を立てないように、細心の注意を払いつつ。

その落書きだらけの古ぼけた襖を、すーっと開けてみた。

すると。

親子が、一つの布団で眠っていた。

片方が、ターゲットである女性。

その傍らに、まだ3〜4歳くらいの、あどけない顔をした少女が眠っていた。

…これには、少し驚いた。

そう。ターゲットは子持ちだったのだ。

さっきの襖の落書きは、そこの子供が描いたものなのだろう。

ターゲットの枕元には、寝る前に子供に読んでやったであろう絵本が数冊、重ねて置きっぱなしだった。

小さな娘は、古ぼけたウサギのぬいぐるみを抱いて眠っていた。

二人共熟睡しているようで、すーすーと間抜けな寝息を立てていた。

こちらに気づく様子は一切なかった。

何故だか分からない。

何故だか分からないけど。

俺には、少女のあどけない…無邪気な寝顔と。

そして…学院に残してきた、ツキナの顔が重なって見えた。

…あの子も、無邪気な子だったからなぁ。

無邪気過ぎて…ちょっと心配になるくらい。

俺はこれから、この小さな女の子の母親を殺さなければならないのだ。

思わず、俺はその場に立ち竦んでしまった。

眠っている今のうちに、仕事を済ませるべき。

それは分かっていた。

だけど、どうしても…身体が動けなかったのだ。

殺すことを、躊躇ってしまった。

こんなことは初めてだった。

そして、それが仇となった。

「…。…?誰…?」

いつの間にか、母親の寝息が止まり。

かすかな声をあげて、布団の中からこちらを見つめていた。