神殺しのクロノスタシス7〜前編〜

僕はこの人達を殺さない。そう決めた。

何でそう思ったのか…自分でも分からない。

だけど、この人達は悪い人じゃない。

何の罪もない人々だ。

そんな人を殺すことは、やってはいけないことだと思ったのだ。

そう決めた途端、自然と心の中のもやもやが晴れた。

そうだ。今、はっきり分かった。

僕は殺したくなかったのだ。

暗殺者なのに。これまで、たくさんの人の命を奪ってきたのに。

それでも今の僕は…『八千代』ではなく、黒月令月は…人を、殺したくなかった。

罪のない人を殺すことは、僕には出来なかった。

「た…助けてくれるのか…?」

「良いから。僕の言う通りにして。武器の密輸をやめて…」

「あ、ありがとう。ありがとう。ありがとう!」

息子は泣きながら、必死に頭を下げ続けた。

何度も僕に、お礼を言って。

…何で「ありがとう」なんだ。

僕は今さっきまで、君達親子を殺そうとしていたのに…。

「分かった。武器の密輸なんてもうやめる。絶対にやめる…!約束する」

「そう」

「ありがとう。助けてくれて、本当にありが、」

と、泣きながら息子が言った瞬間。

…彼の首が、すっぱりと切れ。

首から上が、ことん、と床に転がり落ちた。

まっすぐにスライスされた傷の断面から、ぷつぷつと血の雫が浮き。

そして、壊れた噴水のように、血飛沫を噴き出した。

床に転がった彼の顔は、驚いたまま固まっていた。

恐らく、自分が殺されたことに気づいていないのだろう。

何が起きたか分からないまま、一瞬にして命を失った。

…。

…え。

「…遅れてすみません、先輩」

暗闇の中から、別の声がして。

「っ!まっ…!」

僕の咄嗟の制止も聞かず。

布団の上で息子の首が落ちるのを、呆然と見つめていた母親の首が。

こちらも、すっぱりと切られて、床に転がった。

止めることも出来なかった。

見逃すと決めた二人の親子の命が、あっという間に、無情に奪われた。

…どう、して。

「これで任務完了ですね、先輩」

黒装束に、黒いフードを被った青年。

僕を『アメノミコト』に連れ戻した、あの暗殺者だ。

「どうして…ここに、君が…!」

「鬼頭様に言われたんです。僕も先輩の任務を手助けするようにと」

「…」

「急いで追いかけたつもりだったんですが…。さすが先輩、手が早いですね。もうターゲットを追い詰めていたとは」

彼は、にっこりと微笑んだ。

フードに隠れて僕には見えなかったけれど、少なくともフードの下では、笑っていたはずだ。

「さぁ、任務も無事に終わったことだし。帰りましょう」

「…君は…!」

「はい?」

僕は、思わず彼の胸ぐらを掴み上げた。

「なんてことを…!」

「どうしたんですか?先輩らしくもない…」

その『先輩』って呼ぶのをやめてくれ。

君は、僕の後輩なんかじゃない。

「…あぁ、僕が美味しいところを取っちゃったから、それで怒ってるんですか?」

「そんな訳…!」

「…まさか先輩、ターゲットに同情してた訳じゃありませんよね?」

「…」

図星を突かれて、僕は一瞬動けなくなった。

その瞬間に、彼は胸ぐらを掴む僕の手首を、ぐっと乱暴に握り返してきた。