こんなことは初めてだった。
仕事を躊躇ったことなんて、これまで一度もなかったのに…。
何故か、僕は動けなかった。
僕の脳裏に浮かんでいたのは、ルーデュニア聖王国に残してきた、仲間…だった人達の顔だった。
人を殺すのは良くないことだからやめなさい、と彼らに言われたことは一度もない。
それなのに、今、無抵抗の、罪のない人を殺すことを、何故か躊躇っていた。
この親子に、一体何の罪があろうか。
このあばら家を見るだけで分かる。
親子は何も、望んで危険な武器の密輸に加担している訳じゃない。
それ以外に生きていく手段がないから…それ以外に…お金を稼ぐ方法がないから。
生きる為に、仕方なく危険に身を晒し、武器を密輸しているのだ。
まともに職があれば。食べるものがあれば。こんなことはしなくて良かったはずだ。
それなのに…『アメノミコト』は…それに、僕は…。
何の罪もない親子を…こうして殺そうと、
その時。
「ごほっ…ごほっ、げほっ…」
「…!」
眠っていたはずの老婆が、突然咳き込んだ。
その咳は重く、痰が絡み、とても苦しそうな咳だった。
明らかに、肺を病んでいる人の咳だった。
咳を聞いて、隣で寝ていた息子も飛び起き。
背中を丸めて咳き込む母親を、急いで看病しようとした…。
ところで、暗闇の中に立ち尽くす僕に気づいた。
「だ、誰だ!?」
…しまった。
ターゲットを寝たまま仕留める前に、躊躇っていた為に起こしてしまった。
こんな失敗をしたのは初めてだった。
「お、お前…一体…」
僕が片手に持っている小刀を見て。
息子は目を見開き、そしてなおも激しく咳き込んでいる母親を庇うように、背中に隠した。
「た、頼む…。母さんは、母さんは殺さないでくれ。悪いのは俺なんだ。許してくれ」
「…」
大の大人が、まだ子供の僕に命乞いをしている。
滑稽な光景だが、彼はとにかく必死だった。
「こうでもしなきゃ、食べていけなかったんだ…。母さんは病気で、その薬代も…」
「…」
「も、もうやめる。そこにある武器は、全部持っていって良い。もう二度と、武器の売買なんてしないから」
「…」
「頼む、許してくれ。母さんだけは見逃してくれ…!頼む…!」
息子は床に膝と手をつき、頭を擦り付けるようにして謝罪した。
…子供を捨てる親もいれば、病気の親を救う為に土下座をする子供もいる。
それが、ジャマ王国という国だった。
僕がこの時、何をすべきか。
そんなことは分かりきっている。
僕が受けた任務は、「武器の密輸人を懲らしめろ」ではない。
「武器を密輸する親子を殺せ」と言われたのだ。
命乞いを聞く必要はない。ただ淡々と、いつも通り、命令に従ってこの親子を殺せば良い。
目を覚ましてしまったのは想定外だったが。
それでも、僕とこの親子の差は歴然だった。
息子には、まったく抵抗する意思はなかった。
こうなったら僕を返り討ちにしてやろう、なんて気概もなかった。
激しく咳き込んでいる老母を庇いながら、何とか母親だけでも助けてもらおうと必死に拝み込んでいた。
仮に彼が逆上して、包丁を持って突っ込んできたとしても。
その包丁を躱して、むしろ包丁を奪い取って彼の腹に突き刺すことくらい、赤子の手をひねるより簡単だった。
病に苦しんでいる母親の方は、もっと簡単だ。
ほんのちょっと首を絞めるだけで、あっという間に絶命するだろう。
今、この親子の命は、完全に僕の手のひらの上だった。
仕事を躊躇ったことなんて、これまで一度もなかったのに…。
何故か、僕は動けなかった。
僕の脳裏に浮かんでいたのは、ルーデュニア聖王国に残してきた、仲間…だった人達の顔だった。
人を殺すのは良くないことだからやめなさい、と彼らに言われたことは一度もない。
それなのに、今、無抵抗の、罪のない人を殺すことを、何故か躊躇っていた。
この親子に、一体何の罪があろうか。
このあばら家を見るだけで分かる。
親子は何も、望んで危険な武器の密輸に加担している訳じゃない。
それ以外に生きていく手段がないから…それ以外に…お金を稼ぐ方法がないから。
生きる為に、仕方なく危険に身を晒し、武器を密輸しているのだ。
まともに職があれば。食べるものがあれば。こんなことはしなくて良かったはずだ。
それなのに…『アメノミコト』は…それに、僕は…。
何の罪もない親子を…こうして殺そうと、
その時。
「ごほっ…ごほっ、げほっ…」
「…!」
眠っていたはずの老婆が、突然咳き込んだ。
その咳は重く、痰が絡み、とても苦しそうな咳だった。
明らかに、肺を病んでいる人の咳だった。
咳を聞いて、隣で寝ていた息子も飛び起き。
背中を丸めて咳き込む母親を、急いで看病しようとした…。
ところで、暗闇の中に立ち尽くす僕に気づいた。
「だ、誰だ!?」
…しまった。
ターゲットを寝たまま仕留める前に、躊躇っていた為に起こしてしまった。
こんな失敗をしたのは初めてだった。
「お、お前…一体…」
僕が片手に持っている小刀を見て。
息子は目を見開き、そしてなおも激しく咳き込んでいる母親を庇うように、背中に隠した。
「た、頼む…。母さんは、母さんは殺さないでくれ。悪いのは俺なんだ。許してくれ」
「…」
大の大人が、まだ子供の僕に命乞いをしている。
滑稽な光景だが、彼はとにかく必死だった。
「こうでもしなきゃ、食べていけなかったんだ…。母さんは病気で、その薬代も…」
「…」
「も、もうやめる。そこにある武器は、全部持っていって良い。もう二度と、武器の売買なんてしないから」
「…」
「頼む、許してくれ。母さんだけは見逃してくれ…!頼む…!」
息子は床に膝と手をつき、頭を擦り付けるようにして謝罪した。
…子供を捨てる親もいれば、病気の親を救う為に土下座をする子供もいる。
それが、ジャマ王国という国だった。
僕がこの時、何をすべきか。
そんなことは分かりきっている。
僕が受けた任務は、「武器の密輸人を懲らしめろ」ではない。
「武器を密輸する親子を殺せ」と言われたのだ。
命乞いを聞く必要はない。ただ淡々と、いつも通り、命令に従ってこの親子を殺せば良い。
目を覚ましてしまったのは想定外だったが。
それでも、僕とこの親子の差は歴然だった。
息子には、まったく抵抗する意思はなかった。
こうなったら僕を返り討ちにしてやろう、なんて気概もなかった。
激しく咳き込んでいる老母を庇いながら、何とか母親だけでも助けてもらおうと必死に拝み込んでいた。
仮に彼が逆上して、包丁を持って突っ込んできたとしても。
その包丁を躱して、むしろ包丁を奪い取って彼の腹に突き刺すことくらい、赤子の手をひねるより簡単だった。
病に苦しんでいる母親の方は、もっと簡単だ。
ほんのちょっと首を絞めるだけで、あっという間に絶命するだろう。
今、この親子の命は、完全に僕の手のひらの上だった。


