神殺しのクロノスタシス7〜前編〜

「…」

僕は、無言で部屋の中に入った。

言うべきことなど、何もなかった。

「…来たか。黒月令月」

鬼頭夜陰の冷たく、鋭く、そして残忍な眼差しが、僕に突き刺さった。

もう僕は、とっくに『アメノミコト』の暗殺者をやめたつもりだった。

それでも、幼少期から植え付けられた、この男に対する恐怖心は、相変わらず消えなかった。

…この男を見ると、嫌でも思い出す。

人を殺す為に育てられ、人を殺す為の道具にされた…過去の自分のことを。

次、彼と会う時は、どちらかが死ぬ時だと思っていた。

当然、鬼頭夜陰は裏切り者の僕を許さないだろう。

今回僕を連れ戻したのも、その為だと思っていた。

…だけど。

「待っておったぞ。…お前が戻ってくるのを」

「…え…?」

「今後はまた儂の為に、そして『アメノミコト』の為に力を尽くしてもらう」

「…」

…これは予想していない言葉だった。

「…僕を殺すつもりだったんじゃないの?」

「そうして欲しいのか?」

…そういう訳じゃないけど。

でも、これじゃあ…まるで、僕が『アメノミコト』を裏切ったことを許したかのような…。

「…おのれが許されたとでも思ったか?」

「っ…」

図星を突かれて、僕は身体を硬直させた。

「『アメノミコト』は、決して裏切り者を許さぬ…。その掟は、今も変わっていない」

「…だったら、なんで」

「勘違いをするな。許してなどおらぬ。貴様の命は、常にいつ終わってもおかしくないものと心得よ」

…分かってるよ。

初めて人を殺した時から、ずっとそう思ってる。

一度でも他人の命を奪った以上、自分の命も同じように奪われることを、いつだって覚悟している。

「だからこそ、その働きで罪を償ってもらう」

「…」

「話は終わりだ。去(い)ね」

僕は何も答えず、頭領の指示通り退室した。

…殺されなかった。

殺されなかったことに、僕は驚いていた。

どうして?

処遇がぬるいんじゃないか、と思った。

…あの頭領に限って、僕に慈悲を与えた?

そんなはずはない。あの人の辞書の中に、「慈悲」なんて言葉があるとは思えない。

僕を脅してまで、『アメノミコト』に戻らせて。

あの人は、一体何が目的なのだろう。

僕には、どうしてもそれが分からなかった。