それよりも、この人見覚えがある。

『八千歳』以外の暗殺者仲間のことは、ほとんど知らなかったけど…。

僕の記憶が正しければ、この人は『アメノミコト』の暗殺者。

それも、僕や『八千歳』が所属していた、『終日組』という暗殺者のエリートの一人だったはずだ。

名前は、確か…。

「…『乙夜』」

だったっけ。

コードネームを呼ぶと、彼女は眉を吊り上げた。

「裏切り者風情が、気安く私の名を呼ぶな」

それはごめんね。

「君、まだ生きてたんだね」

あの組織じゃ、人を殺すことも、自分が死ぬことも、珍しいことじゃなかった。

暗殺者仲間同士で会うと、「まだ生きてたのか」という挨拶は、「久し振り」と同じくらいありふれたものだった。

別に嫌味で言ってるんじゃないよ。

昨日、どころか一時間前に会った人でも。

姿を見ないなと思ったら、とっくに死んでいたなんてことはよくあったから。

あの過酷な組織の中で、よくこれまで生きてこられたね。生き延びられて何より。

僕は、心からそう思ってかけた言葉だったのだが。

どうも、『乙夜』はその言葉を悪意と受け取ったようで。

「お前こそ。鬼頭様のお気に入りでさえあったお前が…。組織を裏切って、よくもこれまで平然と生きてこられたものだ」

「…好きでお気に入りだったんじゃないよ」

誰が望んで。あんな男に。

僕は鬼頭のお気に入りなんかじゃないし、そうありたいと望んだこともない。

そもそも僕が鬼頭に目をかけられていたのは、『八千歳』に劣等感を抱かせる為の、鬼頭の策略に過ぎない。

僕を重宝することで、『八千歳』を嫉妬させ、競争心を植え付けようとしたのだ。

「お気に入り」は僕でなくても良かった。

その汚い策略の為に、利用されただけなのだ。

僕も。…『八千歳』も。

「ツキナ・クロストレイに手紙を渡したのは、君?」

「答える義理はない」

「じゃあ、『八千歳』は何処?」

「私の知ったことではない」

…あぁ、そう。

まぁ、そうだね。うん。その通り。

だけど、それで僕が納得すると思ったら、大きな間違いだ。

「だったら、君は何の為にここにいるの?」

何か用事があるんでしょう?…僕に。

でなきゃ、君がここに派遣される意味がない。

「私は、鬼頭様の伝言を伝えに来た」

「…伝言?」

伝言だって?

…絶対、ろくでもないことに決まってる。

「黒月令月。『アメノミコト』に戻ってこい」

…ほら。

しかも、この伝言には続きがあった。

最悪の続きが。

「お前が断れば、花曇すぐり…『八千歳』を連れ戻すことになる…。とのことだ」

「…」

…そう。

そういうこと。

「そんな戯言を伝える為に、ツキナを人質にしてまで…僕らをここに呼び出したんだね」

「そうだ」

そっか。

それはそれは…ご苦労なことだったね。