この時の周囲の空気を説明したい。

天音さんは唖然として、ついでに周囲にいた別の敵魔導師部隊の皆さんも、目を丸くして呆然としていた。

まぁ、無理もないですね。

魔導師VS魔導師。魔法と魔法のぶつかり合い。

…のはずが、まさかの鉄拳制裁で決着がつくとは。

って言うか、僕はイレースさんの心を読んでるから知ってますけど。

元々イレースさんは、魔法の勝負をするつもりはなかったんです。

自分の魔法を「再現」された時から、ずっと。

それは何も、自分の方が敵魔導師より魔力が劣っているから…とかいう、冷静な状況分析ではなく。

ただ単に、「九官鳥の真似事で自分の魔法の真似をされた」ことに対する怒り。

こいつ、一発殴ってやりたい…って。

イレースさん、ずーっと考えてたんですよ。

恐ろしい人ですよね。

案の定、魔法の勝負では負けたけど。

しかし、イレースさんの心は折れていなかった。

当然である。

彼女の目的は、魔法の勝負で勝つことではない。

このムカつく九官鳥、絶対に一発ぶん殴ってやる、という一心で。

ノコノコ近づいてきたのが、運の尽き。

お望み通りイレースさんは、真正面から、渾身の正拳突きを食らわせた。

その結果、あっさりと勝負はついてしまった。

…魔法ではなく、リアルファイトで勝利するとは。

やりますねぇ。

…そういえばイレースさん、これまでもそういうことありましたよね。

ネクロマンサーのルディシアさんのこと、思い出してみてくださいよ。

彼、めちゃめちゃイキって死体を召喚して、やりたい放題だったのに。

イレースさんは、ルディシアさんの頭に強烈な拳骨を食らわせることで、全てを解決していた。

イレースさんの拳は、全てを解決する。

…ってことで。

いやはや、恐ろしい人ですよ。

普段、怒らない人が怒ると怖いって言いますけど。

僕は、普段から怒る人がマジで怒った時の方が怖いと思いますね。

…とはいえ。

イレースさんも、さすがに今は限界だった。

望み通り敵魔導師に鉄拳制裁を食らわせて、それで満足したのか。

ふらっ、と前のめりに倒れそうになった。

「あ、い、イレースさん!」

慌てて天音さんが飛び出し、イレースさんを支えた。

今度は、僕も止めませんでしたよ。

「大丈夫っ…!?無理し過ぎだよ…!」

「この程度…大したことではありません」

こんな時でも弱みを見せないのが、いかにもイレースさんらしいですね。

…でも。

「さすがにもう戦えませんよ、あなたは」

僕はイレースさんにそう言った。

「下がっててください。あとは任せて」

「…」

イレースさんは、不満げにこちらを睨んだが。

しかし、彼女は自分が足手まといになる、お荷物になるという状況に甘んじる人ではない。

「…そうさせてもらいましょう」

溜め息混じりに、引き下がってくれた。

そうそう。そうしてください。

イレースさんがここまで気概を見せてくれたのだから、僕らも負けていられませんね。