神殺しのクロノスタシス7〜前編〜

何故このタイミングで、キルディリア魔王国がアーリヤット皇国に攻め込んだのか。

その理由が分かった気がする。

「…例の、世界魔導師保護条約、のせいか?」

「…えぇ。それが口実だと思います」

…そうだよな。

世界魔導師保護条約…。…これは、アーリヤット皇国の皇王であるナツキ様が提唱し、世界各国に条約の締結を迫った。

魔導師を保護する条約、と言えば、非常に聞こえが良いが。

これは、魔導師を守る為ではなく、魔導師を国家の道具とする条約なのだ。

魔導師は全て国の管理下に置かれ、著しく自由を制限される。

おまけに、条約締結国の間で、国籍を問わず自由に魔導師を貸し借りする、なんて項目も含まれている。

しかも、有料で。

これじゃ、完全に人身売買だ。

魔導師排斥論者のナツキ様は、親魔導師国家であるルーデュニア聖王国に当て付けるように、この条約を考え出し。

そして、それを世界サミットで提示。

目の敵にしていた妹のフユリ様を、強引に他国に幽閉することで、どさくさ紛れに条約の締結、一歩前まで迫ったが…。

色々あって、この非人道な条約の締結は、お流れになった。

俺達がハクロとコクロの正体を暴いたことで、今やナツキ様の洗脳も解けているはず。

アーリヤット皇国のルーデュニア聖王国侵攻も含めて、この条約についても、このまま水に流して、無かったことにして欲しい。

そして、そうなるだろうと安心していたところだったのに…。

…しかし、キルディリア魔王国は、このまま目を瞑る気はなかった。

ナツキ様は、ルーデュニア聖王国しか眼中になかった。

あの魔導師保護条約のことも、ナツキ様個人が魔導師を嫌っているから、でもあるが。

親魔導師国家であるルーデュニア聖王国、そしてフユリ様に対する当て付け、の側面が強い。

要するに、フユリ様に対する盛大な嫌がらせのつもりで、あんな条約を考え出したのだ。

…でも、その「嫌がらせ」は、フユリ様のみならず。

超親魔導師国家である、キルディリア魔王国の逆鱗に触れることとなった…。

魔導師の人権を奪うこの条約は、締結には至らなかったものの。

キルディリア魔王国に、大きな危機感を抱かせることに繋がった。

「このまま、魔導師排斥論者のナツキ様が統べるアーリヤット皇国を放置していれば、いずれキルディリアにも魔の手を伸ばしてくるかもしれない…。…キルディリア側は、そう判断したのでしょう」

「本当に世界魔導師保護条約が締結されたら、一番割を食うのはキルディリアだもんな…」

いくら島国とはいえ、対岸の火事と傍観している訳にはいかない。

このまま、アーリヤット皇国を中心にして、世界に反魔導師思想が広まっていったら…。

…その結果、再びキルディリア魔王国の国民達は、迫害の憂き目に遭うかもしれない。

ならばいっそ…。やられる前に、やる。

それでキルディリア魔王国は…突然、アーリヤット皇国に宣戦布告を…。

…話は理解した。

理解した、けど…。

「なーんだ。じゃ、じごーじとくじゃん」

「身から出た錆だね」

元暗殺者組のすぐりと令月が、それぞれそう言った。

…あっけらかんとして。