ぼーっと眺めていると、シルナは俺に気づいた。

「あ、羽久!良いところに!」

やべっ。

見つかる前に逃げ帰れば良かった。

「ちょっと手伝って。ほら、テーブル運んで」

「…何やってんの?」

「えへへ」

照れんな、気持ち悪い。

おっさんの照れ顔なんて、誰得だよ。

渋々シルナを手伝って、学院長室の前の廊下に、長テーブルを設置する。

…ほんとに何これ?

「ほら、これ見て。じゃーん」

何でドヤ顔なんだよ。

「うわっ…。何処からもらってきたんだ?それ…」

「良いでしょ?知り合いのお客さんにもらったんだー。今年こそやろうと思って!」

何かと思ったら、笹。

七夕の笹だ。

それを、テーブルの横に設置した。

そして、そのテーブルの上には、縦長のカラフルな短冊。

ボールペンを数本、ペン立てに入れて置いていた。

…間違いない。

「みんなに、願い事を書いてもらおうと思って!」

…だってさ。

良い歳して…夢見がちな男だ。

頭の中身がメルヘンだな。

「羽久が私に失礼なこと考えてる気がするけど…。念願の七夕の準備が出来たから良いや!」

「そうか…。…良かったな」

「ついでに、チョコも置いておこう!」

とか言って、シルナはテーブルの上に、「ご自由にお取りください」みたいな感じで。

山盛りのチョコレートを、箱に入れて設置した。

チョコレートを廊下で配布する学校が、ここ以外にあるか?

イレースに見つかったら、また怒られるぞ。

俺、しーらね。

「よし!早速願い事を書こう!はい、羽久」

「は?」

短冊を一枚と、ボールペンを一本、シルナに押し付けられた。

…何で俺まで?

「うーん、何を書こっかな〜。お願い事、いっぱいあるけど~…」

シルナも同じく短冊とボールペンを手にして、うきうきと願い事を考えていた。

…少女かな?

「えーと、ノワゼッティーヌも食べたいでしょ、チョコテリーヌも食べたいでしょ、それからガトーオペラとザンザンバオと…」

それ、全部チョコ菓子じゃん。

まとめて、「チョコのお菓子が食べたい」って書けば?

「暑くなってきたし、ジェラートでも良いよね!それからアフォガードとかババロワとか〜」

はいはい。幸せそうで何より。

「羽久は?どんなお願い事書くの?」

「え、俺?」

…そんな、突然聞かれても…。

俺はシルナと違って、我欲の塊じゃないからな。

聞かれても、これと言ってすぐ思いつかないが…。

…それじゃあ…。

「…シルナの暴飲暴食癖が収まりますように、って書いておくよ」

「酷い!」

事実だろ。