神殺しのクロノスタシス7〜前編〜

珍しく。

ナジュの顔は真剣そのもの…と、言うより。

非常に…思い詰めたような表情だった。

なんで、と一瞬考えたが。

その理由に真っ先に気づいたのは、俺よりも、ナジュの親友である天音だった。

「…!ナジュ君…その事は…」

「…良いんですよ。僕が徴兵されて、戦わされていたのは事実ですから」

その台詞で、天音が言わんとしていることに気づいた。

…そうか。…そうだったな。

ナジュは…生まれ故郷で、魔導師と人間の泥沼の戦いに巻き込まれて…。

まだ幼い頃から、召喚魔導師であるというだけで徴用され。

その大義も分からぬまま、過酷な戦いに巻き込まれた…。

そしてそのせいで…ナジュにとって、もっとも大切な存在だったリリスを…。

「僕にとっては思い出したくない記憶です。…でも、それだけに…。…キルディリア魔王国が、どうしてアーリヤット皇国を侵略したのか、分かる気がします」

「…憎んでるからか?魔導師が、非魔導師のことを…」

「決して分かり合うことは出来ません。魔導適性がないというだけで、それは最早人間ではないんですから」

「…そうか」

なんでそんな発想になるのか、俺だって魔導師だけど、全然分からないよ。

魔導師だって、非魔導師だって、同じ人間じゃないか。

魔法が使えるかどうかなんて関係ない。

俺にとっては、逆上がりか出来るか出来ないか、くらいの差。

だけど、キルディリアの魔導師達にとっては、非魔導師は犬畜生にも劣る存在。

キルディリアの悲しい歴史が、国民達にそんな歪んだ認識を植え付けてしまったのだ。

「でも、キルディリア魔王国にも、魔導適性がない国民はいるはずでしょ」

と、令月が言った。

「僕みたいに、中途半端な魔導適性しかない人だって。その人達はどうなるの?逆島流し?」 

「い、いや。それはさすがに…」

大昔、キルディリア魔王国が建国された時、島にいたのは島流しされた魔導師だけだったはずだ。

しかし、今や幾世代も経て、人々は子供を増やし、その子供がまた大きくなって子供を産み…。

国民の数は、建国時のそれとは比べ物にならないほど増えている。

そうすると今度は、魔導適性に恵まれない子供も生まれてくるはずだ。

魔導適性の有無は先天的なものであり、生まれた子に魔導適性があるか否かは、見た目には分からない。

その子がある程度大きくなって、初めて分かることだ。

魔導適性の有無は、遺伝による影響が大きいとされているが、実際のところは不明である。

両親共に魔導師でも、その子供に魔導適性がないこともあるし。

両親共に非魔導師でも、生まれた子に魔導適性がある場合もある。

兄弟間でも、上の子には魔導適性があるけど、下の子にはない、ということも有り得るし。

生まれた子が双子でも、片方は魔導適性があって、もう片方にはない、というケースもあるそうだ。

この分野の研究はまだまだ発展の余地ありで、詳しいことは分かっていない。

遺伝の要素が大きいことは分かっているが、遺伝だけでは説明がつかない。

つまり。

いくら魔導師が建国し、魔導師の国民が多いキルディリア魔王国でも。

魔導適性を持たない、一般人である国民も、一定数存在するはずなのだ。

こればかりは、どうすることも出来ない。

魔導師になれる子もいれば、魔導師になれない子もいる。これは本人に過失がある訳ではない。

結婚し、子孫を残し、世代を紡いでいく人間の営みの中で、どうしても発生する自然現象のようなものなのだ。