俺達がルーデュニア聖王国に帰ってきた、その翌週。






学院長室では。

「失礼しますよ。学院長」

いつも通り、イレースが書類の束を持って入ってきた。

…の、だが。

「ひぐっ…。ずびっ…ぐすっ…ふぇぇ」

「…」

メソメソグズグズと、鼻水垂らしながら泣いているシルナを、数秒ほど見つめたイレースは。

「…失礼しました」

と言って、くるりと踵を返して出ていこうとした。

イレース。お前の判断は正しい。

関わらない方が良いよ。今のシルナとは。

しかし。

「持ってよぉぉ!イレースちゃん!見なかったことにしないでぇぇぇ」

ギャン泣き状態のシルナが、立ち去ろうとするイレースに取り縋った。

「ちっ、何です。この顔面崩壊パンダは」

顔面崩壊パンダって。

「ごめんな、イレース…。…その、修了式だったから…」

「…あぁ、そういうことですか」

イレースも理解してくれたようだ。

この時期にシルナが「こう」なるのは、いつものことなのだ。

というのも…冬休みを迎えた生徒達が…。

「寂しいよぅ!みんな学院から居なくなっちゃって寂しいよ〜っ!」

…ってな訳である。

生徒達は長かった二学期を終え、元気に親のいる実家に帰っていった。

それで今現在、校舎も学生寮ももぬけの殻。

俺達教員と、それから帰る場所のない令月とすぐり。

そして、学院のマスコット猫いろり、ことマシュリのみが残されている。

「一緒にチョコ食べてくれる人がいないよ〜っ!」

…一人で食っとけよ。

生徒がいなくなってしまったことで、大泣きしているシルナを。

イレースは、まるで汚物を見るような目で見下ろしていた。

「…このパンダ、動物園に寄贈してやりましょうかね…」

恐ろしいことを呟いている。

「イレースちゃんは、生徒達に会いたくないの!?」

「別に会いたくなどありません。彼らにはたっぷりと冬休みの課題を出しておいたので、今頃取り組んでいるところでしょう」

…鬼だ…。

生徒達が、イレースの出した課題にあっぷあっぷしている姿を思い浮かべたのか。

シルナの顔が、真っ青になっていた。

イレース…。お前って奴は、少しくらい容赦をしてやってくれ。容赦を…。

「私もその間に、二学期の授業の総括と、三学期の準備、そして来年度の授業計画を考えなければなりませんから。暇を持て余している時間はないんです。…あなた方のように」

「うぐっ…」

さり気なく俺まで入れてくるの、やめてくれないか。

俺は、ほら…シルナの引率みたいなものだから。

「生徒がいない今のうちに、やるべきこもはたんまりとあります」

「だよねー。俺達も、これで忙しいんだよねー」

「うん。やっておかなきゃいけないことがたくさんあるからね」

突如、背後から聞こえた声に驚いて振り向くと。

「ぴ、ぴぎゃぁぁぁぁ!?」

窓の外から、すぐりの糸に宙吊りになった令月と、それから自分の糸で同じく宙吊りになったすぐりが。

何事もなかったように、学院長室に入ってきた。

び…びっくりした。お前らは…普通に入ってこいよ。