神殺しのクロノスタシス7〜前編〜

これが普通の旅行だったならば。

いや…違うな。

もし、ベリクリーデが一緒に同じホテルに泊まっていたならば。

しきりに感心して、しばらくキルディリア魔王国でバックパッカーでもしようかな、と真剣に考えただろうに。

俺がこうして、呑気に焼きたてクロワッサンを食べている間に。

ベリクリーデはどうしているだろう、と考えると。

クロワッサンの味も、ろくに分からねぇよ。

折角贅沢なホテルなのに、全然楽しめない。

当然だ。

それもこれも、こんな贅沢なサービスを受けられるのは、俺が金を払った宿泊客だから、ではない。

俺が、この忌々しいオレンジ色のカードを持っているからだ。

それだけが理由なのだ。

いくら金を払っていても、青いカードを持っていたら、こんな扱いは受けられない。

そう思うと、とてもじゃないけど楽しむ気にはなれなかった。

それよりも、早くチェックアウトの時間になってくれ、と心から祈っていた。

一刻も早く、ベリクリーデに会いに行きたかった。









…チェックアウトの時間を、今か今かと待ち続け。

さっさと金を払って、俺は逃げるようにホテルを出た。

向かったのは、ベリクリーデが泊まっている、寂れた青カード客専用のモーテル。

そのモーテルの入り口付近で、ベリクリーデは既に待っていた。

スーツケースに軽く腰掛けていた。

彼女の姿を遠目に見つけるなり、俺はスーツケースを引き摺るようにして、駆け足で走った。

「ベリクリーデ…!」

「あ、ジュリス…。…おはよう」

「…」

遠目だと気づかなかった。

だけど、こうして近づいてみて。

そこにいるのが、ベリクリーデじゃないことに気づいた。

見た目は、確かにベリクリーデなんだけど。

中身は別物に変わっている。

「お前…。…ベリーシュだな」 

「うん、そう」

やっぱり。

そこにいたのは、ベリクリーデではなく。

ベリクリーデの中にいる、ベリーシュ・クルークスという別人格だった。

「ごめんね、私が出てきちゃって…」

「いや…。それは別に良いけど」

ベリーシュだって、ずっとその身体の中に引っ込んでたら、窮屈だろう。

たまには出てきて良いんだぞ。お前はベリクリーデと違って、話が通じるし。

…でも、今は…正直…。

…ベリクリーデじゃなかったことに、少し落胆している自分がいた。

ずっと心配してたもんだから…ベリクリーデのことを。

俺の落胆が、顔に出ていたのだろう。

ベリーシュは少し困った顔をして、

「本当にごめんね。君がベリクリーデに会いたかったことは分かってるんだけど」

「あ、いや…ごめん、そんなつもりじゃ…」

これじゃまるで、ベリーシュに対して「何でお前が出てきたんだよ」と責めてるみたいじゃないか。

ベリーシュは何も悪くないのに。

むしろ…ベリーシュは、ベリクリーデを助けてくれていたのだ。