今宵、月夜の花嫁になりました。

ピピピビピ

スマホのアラームが鳴ってゆっくりと目を醒ます。

いつも通り、見慣れた自分の部屋の天井。
いつも通り、暖かいお日様の匂いがするお布団。
いつも通り、お気に入りのもこもこの部屋着。

もう二度と、あの男の子のいる綺麗なお城で
目を醒ますことはなくなってしまった。


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まだ脳が覚醒していない状態でベッドから起き上がり、洗面台へ向かう。
洗顔して、化粧水を丁寧に肌に浸透させ、その間に寝癖を櫛でいつもより念入りに整えていく。

「おはよう 雪。昨日はぐっすり眠れた?」

リビングに向かうと、パパとママが既に出かける準備を始めていた。いつもカジュアルな服装を好む両親の正装は珍しく、16年生きてきたけど未だに見慣れない。

「うん、まあまあかな」

「顔色も良いからいつも通り眠れたようで安心だわ。今日は未来の旦那様との顔合わせだから、いつもよりもっと綺麗で可愛くしておいで」

「あ、雪。朝ご飯もちゃんと食べるんだよ」

「ありがとうパパ、ママ。
ちょっと待ってて、すぐご飯食べて準備してくる」


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パパが作ってくれた、目玉焼きトーストを自分の部屋に持っていき、ぼんやり食べ始める。

今日は、私の未来の旦那様に会いに行く日。

パパとママが、若い頃にパパとママの大切な友人と「自分の子ども同士の相性が良かったら婚約させよう」と約束していたその子どもが、私の未来の旦那様。

勝手に私の意思を無視して婚約をされていた事には、正直少し嫌悪感と不満を抱いてはいたけど、でも私はパパとママが大好きで、今までずっと大切に育ててきてくれた。そのパパとママの大切な友人、そしてその子どもならきっと素敵な方なんだろうと思う。
私は極度の人見知りだから、元々小中高、好きな人はおろか、あまり心を開ける友人も少なかったし。

私はこの婚約をポジティブに考えることが出来ている。パパとママがたまにしてくれる未来の旦那様のお話からも、相手が凄くいい人なんだろうなと感じる。
唯一不安な点は、外見の情報を全く教えてくれなかった事。パパもママも、どんなにお願いしても写真だけは見せてくれなかったし、どんな見た目なのかも教えてくれなかった。

そう考え事をしているうちに、トーストを食べ終え、いつもより少し力を入れたメイクが完成した。
お気に入りのヘアオイルを髪になじませてから、ヘアアイロンでゆるく巻いていく。

ママが買ってくれた、白いレースで胸元に黒いリボンが付いた可愛いブラウスと黒いロングフレアスカートを着用する。
最後にドレッサーの前で身だしなみを整えてリビングに向かった。

「お待たせ 準備できたよ」

「今日も可愛いわね雪!きっと月も雪に会った瞬間ベタ惚れだわ!」

「そうだね。忘れ物とか無いかちゃんと確認した?
大丈夫そうなら早速出かけようか!」

月《げつ》。私の未来の旦那様の名前。
私と同い年で、責任感が強くて、努力家で。
勇敢で、頭が良くて、運動神経も抜群。
私が知っているのは内面だけだった。