今宵、月夜の花嫁になりました。


小さい頃、私は目が醒めると、そこは見慣れた自分の部屋ではなくて、まるでお姫様が住むような綺麗なお城のお部屋に変わっていたことがたまにあった。



いつもの暖かいお日様の匂いがするお布団ではなくて、
どこか不思議な甘い香りのするふわふわな、華やかな刺繍が施されたお布団。

いつもの可愛いもこもこのパジャマではなくて、
お姫様が着るような、リボンとフリルが多く施され、
至る所にキラキラとしたパールが刺繍されている
綺麗なドレス。

大きな窓から覗く景色には、色彩やかなお花が埋めつくし、まるで植物園のような大きな綺麗なお庭が見えている。

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私が目醒めるその不思議なお城には、たった1人だけ、同い年ぐらいの男の子が暮らしていた。


「待ってたよ。今日は何して遊ぼうか?」


サラサラとした黒髪に、細長い白い手足、容姿端麗なその男の子はまるで本物の王子様のようだった。
その特徴的な真っ赤な瞳は、いつも私だけを映していた。


私はいつもいつもその男の子と一緒に遊ぶのが本当に
大好きだった。
私の知らないことをたくさん知っていて、私に色んなことを教えてくれた。
窓から見える色彩やかなお花が「薔薇」だと教えてくれたのもその男の子だった。

「ねえ、これはなんて言うの?」

「これはね、ゼラニウムっていうお花だよ
すごくいい香りがしてすごく好きなんだ」

いつも私を、優しく愛しそうに見つめてくれるその真っ赤な瞳が好きだった。
綺麗な顔立ちが、笑った時にくしゃっとなるのが本当に好きだった。

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ある日、目醒めた時に、お部屋の中に男の子が居なくて、探し歩いた時があった。

いつも一緒に遊んでいた、薔薇に囲まれた大きなお庭は
1人で歩くにはとても広くて、不気味な程に静かだった。綺麗なはずの景色が一気に恐ろしく感じてしまい、小さかった私はその場で泣き出してしまった。


「こわい、こわいよぉ、ねえどこ行ったの」


何処からか、走ってくる音が聞こえてきた。


「良かった!そんなとこに居たんだね。ごめんね遅くなって、1人にさせてごめんね。怖かったよね」


男の子は私の事を見つけるやいなや、優しく抱きしめてくれた。
ふわっとお花のいい香りが広がって、安心感からか、すっかり私も泣き止んでしまった。


「落ち着いたかな?ごめんね、これを渡したくてお庭で作ってたんだ」


男の子は私に、薔薇、ゼラニウム、ミモザ、アザレア…
今まで教えてもらったお花が詰まった可愛い花束を
プレゼントしてくれた。


「お父様が言ってたんだ。お父様はお母様に自分の気持ちを伝える時に、気持ちが詰まった花束を渡したんだって。だからぼくもそうしようと思って。」


「ぼく、███の事が、すき。」


白くて綺麗な顔を、真っ赤に染めて、真っ赤な瞳で真っ直ぐ私を見てそう言ってくれた。


胸のあたりが苦しくなって、どきどきして、どこかふわふわして、くすぐったいような、思わず顔がふにゃふにゃになってしまうような、今まで感じたことの無い不思議な感じ。



今思えば、それが「初恋」だったって感じる。



その日以来、あの男の子がいる綺麗なお城で目醒める事は二度と無くなってしまった。

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パパやママに今までの事を話しても、否定も肯定もせず
ただにこやかに話を聞いてくれるだけだった。

確かに、あの男の子と何度も会って、何度も遊んで、
色んなことを教えてもらったのに。
あの景色も、香りも、確かに存在していたはずなのに。


あれから、10年は経った今。
私、「雨花 雪《あまか ゆき》」は16歳になった。
けれども、二度と会えない初恋の男の子の事を未だに
忘れられないままでいる。