ホワイトデーがんばろうの会


ホワ会がファミレスを出て駅ビルに向かったのは18時をまわる直前、日が落ちて寒さが身に染み始める時間である。あれだけ話しておいて、彼らの中で結論は出ていない。というより、実物見ないと決められなくね、という結論ともいえない結論が出ていた。もっともなことではあるが、それに気づくのがいかんせん遅い。少なくとも前日の夕方に出す結論ではないはずだ。

彼らの住んでいる街は、都会でも田舎でもないくらいの中堅都市で、駅ビルはそこそこの大きさを有している。お菓子を買える店も、雑貨を買える店もいくつかあるし、この時期はホワイトデーの催事もしていた。彼らがお返しを買うには、中々の好条件だろう。5階の催事場に行くと、かなり活気があった。純粋に客が多いというのもあるが、何より店員の熱量がすごい。ホワイトデー前日ともなれば、ここで売上にラストスパートをかけようとするのも当然である。3人はそれにやや気圧されながらも、催事場を端から見始めた。
 
「あっ、マカロン」
 
カラフルなお菓子に目をとめて声を上げたのは戸田だ。他の2人も立ち止まる。パステルカラーの小さいスイーツは、可愛いものにさほど興味のない彼らにも刺さるものだった。
 
「これ結構よくね? 可愛いじゃん」
「こういうのあげたら喜んでくれそうな感じするよな」
「こっちの大きめのやつも可愛いし美味そう」
 
ひそひそと話し始めたホワ会を、若い女性の店員が見守る。本来であればどうにか買わせようと声を掛けるところだが、彼らの慣れていない初々しい様子を見てか、無理に話しかけることはしなかった。もしかしたら、高校生の財布事情を考えて、無駄なエネルギーは使うまいとしたのかもしれない。何にせよそのおかげで、彼らは焦らずにゆっくりとマカロンを観察することができた。しかし、まだ催事場の一部しか回れていないので、一旦保留とする。慎重な判断を要するこの場で、即決するわけにはいかないのだ。
 
しばらく見て回った頃、赤羽の足がピタリと止まった。後ろを歩いていた板橋は、急ブレーキが間に合わず背中にぶつかる。立ち止まった彼が見ている先には、猫の絵が描かれたクッキー缶があった。赤羽は手を伸ばして、缶の表面を撫でる。猫の形にボコっと膨らんでいて、少し高級な感じがした。
 
「おっ、またクッキー?」
「やっぱ2年連続は芸がないかな。意味も考えると尚更なぁ。でもあいつクッキー好きだし、猫も好きだし……」
 
ひょこっと覗いて声を掛けてきた戸田に、赤羽は小さな声で答えた。返事というよりは、ほぼ独り言だ。お返しを渡す相手は彼女ではないものの、赤羽とは昔からの仲である。相手のことはそれなりによく知っていた。そのため、師匠が言っていたように相手の好きな物を渡せばよいのであれば、実はそんなに迷うことはない。クッキーと猫が好き。赤羽が好きな子はそういう子だった。

「うーん……よし! これにする!」 
 
だいぶ悩んで決断した彼の言葉に、反応したのは店員だけだった。それもそのはず、長考する赤羽を置いて、他の2人は別の場所を見に行っていた。店員が綺麗にラッピングしてくれたクッキー缶を受け取って、赤羽は引き続き催事場を歩き回る。自分の目的を達したとはいえ、仲間を置いて帰るわけにもいかない。数分後戸田を見つけたのは、序盤のマカロンの店の前だった。
 
「おい、置いてくなよ」
「だってお前、考え込んで動かないんだもん。で、結局あれにしたの?」
「うん」
「俺はこれにした」
 
戸田は、たった今店員から受け取った袋を見せつける。高級感のある紙袋は一見して何が入っているのか分からないが、場所から考えてマカロンであることには間違いないだろう。自分が率先して調べていたこともあり、渡す物の持つ意味を無視しきれなかったのかもしれない。彼の場合まだ付き合いたてで相手の好みをよく知らないため、極力安全な方を選びたがるのも無理からぬことである。