「で、師匠は何あげるんですか」
改めて板橋が尋ねた。手にはペンをしっかりと握っている。メモる気満々である。師匠に中学時代から長く付き合っている彼女がいることは、クラスでも有名な話で、当然ホワ会メンバーも知っていた。
「俺はハンドタオルあげる予定。もう買ってあるし」
「お菓子じゃなくて物か。やっぱり師匠は違うな」
「さすが上級者っぽい。でも、ハンカチ系ってあげるのNGなんじゃないの?」
事前に調べたサイトに書いてあったことをもとに、戸田が尋ねる。師匠の先程の発言はもっともだが、意味があるとされている以上気になってしまうのだろう。師匠は一度自分の席の方を見やってから、声を少し低くした。
「俺の彼女、あんまりそういうの気にしないタイプだから。むしろ、もらうなら普段から使えるものじゃなきゃ嫌、みたいな? ハンドタオルだったら学校でも使えるし、かわいいデザインのも多いしな」
板橋は、どら焼きっぽいマカロンの絵の下に、「普段使いできるもの」と書いた。そして、その横にタオルのイラストを加える。さらにその横には「by師匠」とも記した。書かれた本人はそれを見て苦笑いをする。勝手にメモられたうえに、師匠呼びが定着しているのだから無理はない。実名よりはマシか、という諦め顔である。それから彼は、ハッと何かに気づいた様子になった。師匠がここで話に混ざり始めてからだいぶ経つ。連れを待たせていることに思い至ったのだろう。
「じゃあ俺もうそろそろ自分の席戻るわ。多分そんな気にしすぎなくて平気だと思うよ。それより大事なのは距離感! 自分と相手の距離をちゃんと理解して、それに見合ったものを渡すように」
「はい! 師匠!」
師匠からのありがたいアドバイスに、3人は口を揃えて返事をした。返事だけはいい。しかし、大事なのはちゃんと理解しているかだ。
「距離感……」
「自分と相手の距離……」
「距離に見合ったもの……」
案の定、師匠の去ったテーブルはこんな状態だった。アドバイスに出てきた言葉を呟くだけのbotと化している。さすがに師匠の言っていることが分からないほど、ホワ会の面々は鈍くない。とはいえ、距離を理解して見合ったものを渡すというミッションは、彼らにとって高難易度に違いなかった。
「つまりあれだろ? 彼氏彼女なのにブラックサンダーとかチロルチョコとかあげるなよってことだろ」
「それもそうだし、上もってことじゃないか?」
「上?」
「アクセサリーとか高級なものとか。長く付き合ってたらいいかもだけど、付き合ってそんなに経ってなかったり、なんなら付き合ってなかったりする状況であげるには重いだろ」
「そういうもんか? 3倍返しって言うし、多少高くても」
「今どき言わなくね? てか、そんな金あんのかよ」
「ないけどさぁ」
「こちらポテトになります。伝票置いておきますね」
「あっ、ありがとうございます」
作戦会議が白熱する中、追加のポテトが届く。隙をついて誰かが追加で注文したのだ。運んできた店員は、板橋の手元の紙を見て柔らかい表情になった。若い男子たちの頑張りが微笑ましかったのだろう。早々にポテトに手をつけた3人は、なおも議論を交わしている。結局、各々の3杯目のドリンクと2皿目のポテトがなくなるまで、作戦会議は続いたのだった。



