倒れた魔王は……小さないびきをかいていた。

――魔王は、寝た?

「どうしましょう、どうしましょう! リュオン様が……リュオン様、大丈夫ですか?」

 執事が魔王の名前を何度も呼んだが、目覚めない。

「勇者様、これからわたくしたちは、どうしたらよいのでしょうか?」
「魔王は、眠っている。おそらく疲労が限界突破したのだろう。とりあえず様子をみよう。ベッドに運ぶから、寝室を案内してくれ」
「分かりました」

 魔王は俺よりもでかくて、体型もがっしりとしている。抱えることはできなさそうだ。

「どのようにして運ぼうか?」

 魔王を心配した子らが集まってきた。

「魔王、ネンネ?」
「魔王、生きてる?」
「あぁ、眠っているだけだ。生きてる」

 幼児組の問いに答えていると、中等部のひとりが、子供を何人か乗せられそうな、赤い手押し車を持ってきた。

「このトロッコ、城内を散歩する時に小さい子たち乗せてるんだけど、魔王乗せられないかな?」
「乗せてみよう」

 足が結構はみでたけど、なんとか魔王を乗せることができた。寝室まで運ぼうとすると幼子たちがついてきた。

「勇者も寝るの?」
「いや、俺は別の宿に泊まる予定だ」
「いやだ、一緒に寝たい!」
「いや、でも……」

 だだをこねられ、俺は困惑する。

「あの、ここに泊まっていただけませんか? 宿の方にはわたくしがキャンセルとお詫びのご連絡をいたしますので」

 不安そうな表情をしたままの執事は、穴があきそうな程、俺を見つめてきた。

――本当に不安そうだな。それに、食事の片付けや子らの世話も執事ひとりじゃ、大変そうだし。

「分かった!」
「勇者泊まるの? やったー!」

 子らは跳んだり回ったりして、はしゃいでいた。
 魔王の寝室前まで来ると、突然執事が「どうしましょう」とつぶやいた。

「執事、どうした?」
「あの、リュオン様が前日の夜に仕込み、毎朝それを並べてご飯を子供達に食べさせていたのですが……」
「朝食問題か……」

 そういえば、泊まる予定の宿は朝食プラン付きだったな――。

「ここの城には大人は他にいないのか?」
「はい、もう誰もいません。生き残った部下たちは全員捕らえられました」

「そっか……おい、暗殺集団、聞こえるか?」
「勇者様、突然叫んでどうなされたのですか? リュオン様がお目覚めになってしまいます……」

 俺が叫ぶと執事は慌てる。
 だけど俺は叫び続けた。

「俺らの代わりに直接宿に行き、お詫びとキャンセルをお願いしたい! そして事情を宿に説明して、俺が食べる予定だった朝食を運んできてくれないか?」

 叫んだ後は静まりが強調される。
 返事は、ない。

 国に雇われている暗殺集団は依頼主の命令しか聞かないと思うが。俺が今も勇者だったのなら、俺の命令も聞いてくれる可能性があったのかもしれない。でももう、国にとって俺は用無しだから、聞いてくれないよな……。

「とりあえず、朝食の材料はあるんだよな?」
「はい、あります」
「じゃあ、早起きして簡単なものを朝作ろうか……」

 俺たちは魔王の寝室に入っていった。