旅行当日になり、わたしは一言ゆうくんに告げて、出発しようと思った。

いつものごとく、玄関のインターホンは鳴らさず、ノックして入るよー、と言う。

合鍵は貰ってるから心配ない。

いつも私がくる時間帯になると、ドアを開けてくれているのに、今日は閉まっている。

自転車も車もあったから多分いるよね?

「おはよう、ゆうくん」
リビングを見渡しても、ゆうくんは居なかった。

朝シャワー派だっけ?

浴室の方に行くと、やっぱり灯りは付いていないし、シルエットもない。


時刻午前7時。
いつも、私9時くらいだもんなぁ。

これ、寝てるわ、多分。
寝室覗くのは不敬だよねぇ。

っていうか、こんな時間に来たら怪しまれるよね。
やらかした。
強盗と思われないうちに、メモ書いて、退散しよう。

可愛らしいメモ帳(お気に入り)をポケットから取り出して、記す。

甘ったるくならず、冷たくならず、おせっかいにならず。

私は結構気遣いはできない方だから、こういう些細なものを書くとなると緊張する。

行ってきます!!♡

それだけ書いて、そーっと退散する。


その時、キッチンに置かれた小箱が目に入った。

風邪薬ナンバーグレート、の表紙。

「頭痛、寒気、一気に効く!…」

え?待って、風邪引いてるの?
開いてるし、飲むくらい酷いの…?


わたしは、これから、旅行に、行く。
杏ちゃんが、待っている。

あー、もー、、うん。

ひっそりとしている寝室をノックする。

返事はない。

そー、っとドアを1センチくらい開けて、確認すると、確かにゆうくんは寝ている。
毛布を被って。
暑くないのかな?
そして、薬を飲んだ形跡、および冷えピタ確認。

確定だわ。

とりあえず、お粥作って、キッチンにあるお皿洗って、お風呂掃除して、洗濯物とか、ね。

やるべきことは、たくさんあるよね。

優しい味付けの塩気の効いた鰹節入りのお粥はゆうくんが風邪を引いたときに気に入って食べる、いわば鉄板だ。

最近は滅多にないけど、部活とかで忙しかった時は毎日体力が限界で、免疫も低下しやすかったから、長引いた時作った。

最後に大事な愛を入れて、少し冷ます。

お皿ものんびりと洗っている時、ガタ、と寝室から音がした。

そろそろ持って行っていいかな。

お盆にのせて、小さめのスプーンをのっけて、扉をノックした。

「ゆうくん、わたしだよ。お粥あるよ」

「…は?」
しゃがれた声に胸が痛くなる。1人って辛いよなぁ。

「わたし、今日空いてるの。暇だから、そばにいていい?」

「…ふ、いいよ、早く旅行、行けよ。インフルとかではないし」

ほぼ毎日わたしとずっと一緒にいたのに、病院行ってないと思うんだけど、適度な嘘もつけなくなるくらい朦朧としてると思えば、さらに放ってなんか、できないよね。

「…ごめんね。わたし、旅行よりゆうくんが病院にも行かず、1人で風邪引いてるの、許せないよ、あ、自分のことね」

もう、さっさとわたしに甘やかされれば全て解決するのに!!

あと、杏ちゃんには謝って、家族が風邪を引いたから看病しなくちゃいけないことと、誘ってくれたことのお礼、あと菓子折りも持って行こう。

「…やめろよ、こんな…」

「じゃ、失礼して、置きますね」

ドアを開け放ち、枕に力無く頭を乗っけるゆうくんに向かって、呟く。

「つらかった?もう、1人じゃないから、代わりにやれることはなんでもやるからね。ゆうくん、寒くない?」


「…お粥、ごめん」

「…好きでしょう、これ」

お盆をベッドサイドの棚に置いて、ゆうくんを見る。

「…おやすみ」

「…」
「あ、ごめん」
おでこに触って、冷えピタを新しいものに取り替える。

「わたし、ちょっと出掛けてくるね。10分くらい。何かあったら、連絡してくれれば買ってくるよ」

「…もう大丈夫だから、行け」

それは、無理だな。
「ごめんね」

スマホを見て、時刻を確認すると、ぎりぎりだった。
杏ちゃんちに行くのに、走って10分。
待ち合わせまで、あと5分。

連絡する間もなく、家に寄って、チョコの詰め合わせを持ってくる。
本当は旅行でお世話になる人たちに渡せたらと思ったけど、杏ちゃんに託す。



「…間に、合った」
「うわ、なんでそのまま来るの?荷物忘れた?」

「…ごめん、杏ちゃん」

「時間はまだあるし、用意ゆっくりして。そっちの家集合の方が良かったね」
おかっぱにおしゃれなサングラスを掛けた彼女はイケメンだった。
黒いシャツにホワイトデニムがよく似合っている。


まじ、ごめん、ごめんね。

「杏ちゃん、わたし、行けなくなっちゃって」

「…ん??」

「家族が、風邪引いて、これから病院付き添わなくちゃいけなくて、わたしも移っちゃったかも知らないから、申し訳なくて」

「沢山、手間かけてくれたのにごめんなさい。わたし、行けないと思う」

「あ、おけ」

サングラスを外して、杏ちゃんは呟く。
「しょうがないよね、お兄さんだっけ?大切なんだよね、ブラコンが。あたしの方よりさ?」

「うん」

「…知ってるよ、あたし、君のそういう雑なところ、悪くないと思うし」

「…本当ごめんね。何もできることなくて」
「…また、今度は一緒に行ければいいよ。それより、看病した方がいい。うん、気にかけるよね、多分、君より大切なんだよね、その人のことが」


わかりすぎて、つらい。
わたしが顔をひしゃげて、深々と礼をして、お菓子を出したのに対して、要らない、と笑う。

「元々大人数だから、そんなみんな気にしないって」

「でも、申し訳なくて」
「今度は一緒に来てよ。ねぇ?」

本当にごめん…。
「じゃ、いってらっしゃい、またね」
「…うん、杏ちゃん、申し訳ないね。行ってらっしゃい」

促されて、帰路につき、ゆうくんに、帰ります、と連絡した。

きっと、杏ちゃんはわたしがいなくても楽しめるタイプだろう。