「浴衣三着確保できましたー」
朝一番に日菜子から嬉しい報告があった。
「やった!浴衣で花火大会!」
「着付けもおばあちゃんがやってくれるって」
「日菜子のおばあちゃん、ホント神!」
「じゃあ、私と麻帆ちゃんで髪飾り準備しよっか」
愛梨の提案に二人も頷く。
隣町の花火大会は毎年7月の風物詩だ。
愛梨も久しぶりの花火大会に、ここのところテンションが上がっているのが分かる。
麻帆は教室に入ってきた隼人と新田をちらっと見た。
「藤島くんと新田くんも誘ってみる?」
「え?」
愛梨は戸惑ったような顔をした。
「とりあえず聞いてみようよ。新田―、ちょっと来て」
日菜子は話が決まる前に新田を呼んでしまった。
「あーごめん、中学の友達と一緒に行く約束してて」
新田は顔の前で手を合わせて隼人と愛梨をチラッと見た。
「そっかぁ、まあ向こうで会うかもしれないし、その時はなんか奢ってね」
日菜子も新田にこう言いつつ、隼人と愛梨を気にしている。
愛梨は相変わらず笑顔だが、隼人の方を見ようとしなかった。
(中学の友達ってことは城見さんも一緒なのかな)
愛梨はホッとしながらも心の中にモヤモヤが残った。
「お前はあっちに行っても良かったんじゃないの?」
新田はペットボトルの炭酸水を残り半分一気に飲み干した。
今日の昼休みは一段と暑さが厳しい。
「俺だけ女子三人と一緒っておかしいだろ。それに中学メンバーとは先に約束してたし」
隼人も炭酸水のキャップを開ける。
「佑香も来るけど、大丈夫なの?お前ら」
相変わらず佑香はこっちの教室に来ない。
隼人は手に持っているペットボトルに視線を落とした。
「…うん…まあ…落ち着いたら話す…」
新田は隼人の表情を見てこれ以上何も聞けなかった。
「たこ焼きも食べたいし、綿あめも美味しそう。でもまずはりんご飴だよね」
花火会場にはたくさんの露店が並んでいて、愛梨はどの店にしようかと目移りばかりしている。
「ちょっと愛梨、落ち着きなって」
「林間学校以来のテンションの高さだね」
日菜子と麻帆はそれぞれ愛梨の腕を掴む。そうでなくても多くの人で少し目を離すとはぐれそうだった。
無事にりんご飴を買ってちょうど良い高さの石垣に腰かけた。
「浴衣とりんご飴、最高」
そう言って日菜子がスマホで三人の写真を自撮りしてくれた。
多くの人が通り過ぎていくなか、「木下」と言って立ち止まる集団がいた。
「水野くん」
水野とサッカー部男子が四人。皆よく日に焼けている。
「三人で来てるの?」
水野はそう尋ねたが、浴衣姿の愛梨がまともに見れず少し目を逸らす。
後ろの男子達が「誘え」とつついてくる。
「よかったら一緒に回らない?」
水野は人懐っこい笑顔を日菜子と麻帆に向ける。
「愛梨がよければいいけど…」
日菜子と麻帆はお互いの顔を見る。
「わたしも、二人がよければいいよ」
愛梨の言葉に男子達が前のめりになる。
「じゃ、決まり!」
浴衣女子三人を男子達が囲むように歩く。
「マジで三人だけならナンパされまくりだったんじゃない?」
「確かに今日の愛梨はすれ違う男の人だいたい見てたよね」
日菜子は水野の様子を気にしながら答えた。林間学校で愛梨が倒れたことがいまだに腑に落ちていない。
「今日も練習だったの?」
愛梨は水野の日に焼けた顔を見上げる。
「今日は早めに終わったんだ。マジで、来て良かった」
水野は浴衣姿の愛梨をそっと見る。
すれ違った若い男二人が愛梨を横目に通り過ぎていった。
花火の前に買い出しに行こうということになり、水野の友達があっという間に買い出し班を二手に分けてしまった。
麻帆は日菜子と男子二人を連れて焼きそばの屋台に向かう。
「やっぱり水野くんと愛梨って何かあるっぽいよね」
日菜子は男子達に聞こえないよう麻帆の耳元で小声で話す。
「なんか藤島くんとは微妙にこじれてる感じだし」
麻帆はそう答えたが、視線の先にはこちらに向かってくる男女のグループがあった。
その中で頭一つ出た男子。
「やばい、藤島くんが来た」
「えっ?ちょっと、どうすんのよ」
日菜子も慌てるが、隼人達は人込みと一緒に通り過ぎ、愛梨達の方に向かって行った。
「城見さんもいたよね?」
「うん…」
飲み物調達班となった愛梨と水野達は店の列に並んでいた。
「あ、ラムネがある。久しぶりに飲みたい」
愛梨がラムネの瓶を見て目を輝かせている。
「元気そうでよかったよ」
男子達は愛梨に優しい目を向ける水野から少し離れてニヤニヤしている。
「あの時は、ご迷惑をおかけしました」
愛梨は小さく頭を下げてから水野を見上げた。
水野は愛梨と目が合って思わずドキリとする。
「…なんて言うか、深く聞かないでくれて、ありがとう」
愛梨はもう一度頭を下げた。
水野は愛梨が倒れた時と同じ感覚を覚えた。支えないと消えてしまいそうな、そんな感覚。
飲み物を抱えて振り向くと、こちらを見ているグループがいた。
「藤島」
愛梨もそのグループを見て固まっている。
隼人と佑香と新田、他に三人ほどが居て、佑香が隼人にかき氷を手渡そうとしていた。
「おー愛梨ちゃん、浴衣めっちゃかわいい」
声をかけてきたのは新田だった。
「え?二人?」
いつの間にか他のサッカー部男子達の姿は見えない。
愛梨は驚いた様子の隼人と目が合った。佑香もこちらを見ている。
「俺はサッカー部の友達と来てて、偶然木下達と会ったんだよ」
水野は隼人と佑香に向かってはっきり聞こえるように言った。
その時、日菜子達が戻ってきてこちらを見つけた。
「焼きそば買ってきたよ」
新田は日菜子に近づき、少し遅れて来たサッカー部男子達をじっと見ている。
「お前ら、サッカー部と一緒に回ってんの?」
「新田と藤島くんに断られたから、サッカー部の皆さんと楽しんでまーす」
日菜子は買ってきた焼きそばを見せびらかした。
水野も日菜子に続く。
「今日の練習めちゃくちゃハードだったけど、女子の浴衣姿見て、すげー癒された」
「水野、木下さんばっか見てるもんな」
一人のサッカー部男子が水野を小突く。
「私たちも焼きそば買いに行こうよ」
切り出したのは佑香だった。
愛梨は目を逸らしたので、横を通って行った隼人がどんな表情をしていたか分からなかった。
朝一番に日菜子から嬉しい報告があった。
「やった!浴衣で花火大会!」
「着付けもおばあちゃんがやってくれるって」
「日菜子のおばあちゃん、ホント神!」
「じゃあ、私と麻帆ちゃんで髪飾り準備しよっか」
愛梨の提案に二人も頷く。
隣町の花火大会は毎年7月の風物詩だ。
愛梨も久しぶりの花火大会に、ここのところテンションが上がっているのが分かる。
麻帆は教室に入ってきた隼人と新田をちらっと見た。
「藤島くんと新田くんも誘ってみる?」
「え?」
愛梨は戸惑ったような顔をした。
「とりあえず聞いてみようよ。新田―、ちょっと来て」
日菜子は話が決まる前に新田を呼んでしまった。
「あーごめん、中学の友達と一緒に行く約束してて」
新田は顔の前で手を合わせて隼人と愛梨をチラッと見た。
「そっかぁ、まあ向こうで会うかもしれないし、その時はなんか奢ってね」
日菜子も新田にこう言いつつ、隼人と愛梨を気にしている。
愛梨は相変わらず笑顔だが、隼人の方を見ようとしなかった。
(中学の友達ってことは城見さんも一緒なのかな)
愛梨はホッとしながらも心の中にモヤモヤが残った。
「お前はあっちに行っても良かったんじゃないの?」
新田はペットボトルの炭酸水を残り半分一気に飲み干した。
今日の昼休みは一段と暑さが厳しい。
「俺だけ女子三人と一緒っておかしいだろ。それに中学メンバーとは先に約束してたし」
隼人も炭酸水のキャップを開ける。
「佑香も来るけど、大丈夫なの?お前ら」
相変わらず佑香はこっちの教室に来ない。
隼人は手に持っているペットボトルに視線を落とした。
「…うん…まあ…落ち着いたら話す…」
新田は隼人の表情を見てこれ以上何も聞けなかった。
「たこ焼きも食べたいし、綿あめも美味しそう。でもまずはりんご飴だよね」
花火会場にはたくさんの露店が並んでいて、愛梨はどの店にしようかと目移りばかりしている。
「ちょっと愛梨、落ち着きなって」
「林間学校以来のテンションの高さだね」
日菜子と麻帆はそれぞれ愛梨の腕を掴む。そうでなくても多くの人で少し目を離すとはぐれそうだった。
無事にりんご飴を買ってちょうど良い高さの石垣に腰かけた。
「浴衣とりんご飴、最高」
そう言って日菜子がスマホで三人の写真を自撮りしてくれた。
多くの人が通り過ぎていくなか、「木下」と言って立ち止まる集団がいた。
「水野くん」
水野とサッカー部男子が四人。皆よく日に焼けている。
「三人で来てるの?」
水野はそう尋ねたが、浴衣姿の愛梨がまともに見れず少し目を逸らす。
後ろの男子達が「誘え」とつついてくる。
「よかったら一緒に回らない?」
水野は人懐っこい笑顔を日菜子と麻帆に向ける。
「愛梨がよければいいけど…」
日菜子と麻帆はお互いの顔を見る。
「わたしも、二人がよければいいよ」
愛梨の言葉に男子達が前のめりになる。
「じゃ、決まり!」
浴衣女子三人を男子達が囲むように歩く。
「マジで三人だけならナンパされまくりだったんじゃない?」
「確かに今日の愛梨はすれ違う男の人だいたい見てたよね」
日菜子は水野の様子を気にしながら答えた。林間学校で愛梨が倒れたことがいまだに腑に落ちていない。
「今日も練習だったの?」
愛梨は水野の日に焼けた顔を見上げる。
「今日は早めに終わったんだ。マジで、来て良かった」
水野は浴衣姿の愛梨をそっと見る。
すれ違った若い男二人が愛梨を横目に通り過ぎていった。
花火の前に買い出しに行こうということになり、水野の友達があっという間に買い出し班を二手に分けてしまった。
麻帆は日菜子と男子二人を連れて焼きそばの屋台に向かう。
「やっぱり水野くんと愛梨って何かあるっぽいよね」
日菜子は男子達に聞こえないよう麻帆の耳元で小声で話す。
「なんか藤島くんとは微妙にこじれてる感じだし」
麻帆はそう答えたが、視線の先にはこちらに向かってくる男女のグループがあった。
その中で頭一つ出た男子。
「やばい、藤島くんが来た」
「えっ?ちょっと、どうすんのよ」
日菜子も慌てるが、隼人達は人込みと一緒に通り過ぎ、愛梨達の方に向かって行った。
「城見さんもいたよね?」
「うん…」
飲み物調達班となった愛梨と水野達は店の列に並んでいた。
「あ、ラムネがある。久しぶりに飲みたい」
愛梨がラムネの瓶を見て目を輝かせている。
「元気そうでよかったよ」
男子達は愛梨に優しい目を向ける水野から少し離れてニヤニヤしている。
「あの時は、ご迷惑をおかけしました」
愛梨は小さく頭を下げてから水野を見上げた。
水野は愛梨と目が合って思わずドキリとする。
「…なんて言うか、深く聞かないでくれて、ありがとう」
愛梨はもう一度頭を下げた。
水野は愛梨が倒れた時と同じ感覚を覚えた。支えないと消えてしまいそうな、そんな感覚。
飲み物を抱えて振り向くと、こちらを見ているグループがいた。
「藤島」
愛梨もそのグループを見て固まっている。
隼人と佑香と新田、他に三人ほどが居て、佑香が隼人にかき氷を手渡そうとしていた。
「おー愛梨ちゃん、浴衣めっちゃかわいい」
声をかけてきたのは新田だった。
「え?二人?」
いつの間にか他のサッカー部男子達の姿は見えない。
愛梨は驚いた様子の隼人と目が合った。佑香もこちらを見ている。
「俺はサッカー部の友達と来てて、偶然木下達と会ったんだよ」
水野は隼人と佑香に向かってはっきり聞こえるように言った。
その時、日菜子達が戻ってきてこちらを見つけた。
「焼きそば買ってきたよ」
新田は日菜子に近づき、少し遅れて来たサッカー部男子達をじっと見ている。
「お前ら、サッカー部と一緒に回ってんの?」
「新田と藤島くんに断られたから、サッカー部の皆さんと楽しんでまーす」
日菜子は買ってきた焼きそばを見せびらかした。
水野も日菜子に続く。
「今日の練習めちゃくちゃハードだったけど、女子の浴衣姿見て、すげー癒された」
「水野、木下さんばっか見てるもんな」
一人のサッカー部男子が水野を小突く。
「私たちも焼きそば買いに行こうよ」
切り出したのは佑香だった。
愛梨は目を逸らしたので、横を通って行った隼人がどんな表情をしていたか分からなかった。
