「もうムリ~。こんなに登るなんて聞いてないんですけど~」
日菜子は麻帆と愛梨の肩に手を乗せてうな垂れた。
「ちょっと一人だけ楽しないでよ。普段運動しないで漫画ばっか読んでるからすぐへばるのよ」
麻帆は日菜子の手を振り払おうとする。
「いや、でも、けっこうキツいんだけど」
息があがってきた愛梨のすぐ後ろに迫ってくる足音。
「愛梨ちゃん、おんぶしてあげよっか」
日菜子がすぐに割り込んでくる。
「新田、それ完全にセクハラ~」
隣を歩く隼人も親友の新田に「セクハラ野郎」と一言呟いた。
今日は一泊二日の林間学校で、バスが到着するとすぐに山登りが始まったのだ。
「愛梨、バスの中でおやつ食いすぎだろ」
「そんな食べてないし。みんなに配ってたの」
「バスの中での愛梨、アメ配るおばちゃんみたいだったよね」
日菜子は愛梨にもらったアメをポケットから取り出す。すかさず新田がそのアメを奪って足早に登って行った。
「ちょ、新田―」
日菜子も追いかけようとするがすぐに息があがる。そんな日菜子に追いつく麻帆。
「まあ、日本での高校生活初イベントだもんな」
隼人は愛梨のペースに合わせてくれた。
「向こうでも行事はあったんだけど、やっぱり日本の高校でいろいろ体験したかったんだ」
愛梨はリュックをもう一度しっかり背負い、目線を上げた。
新緑の隙間から青空が見えた。
「秋には修学旅行もあるな」
「やった、修学旅行」
「これ終わったら中間テストだけど」
隼人はにやりと笑った。
「私、数学やばいんだって」
「英語は余裕だろ」
「余裕でもない。日本の英語のテスト、けっこう難しかったもん」
「浮かれまくってないで、勉強しろってことだな」
そんな二人のやり取りを、後ろの方で城見佑香とその友達が見ていた。
(あんなに話してる藤島、初めて見た)
下山した後は班に分かれてカレーを作った。
隣の班はまた隼人と新田もいて、山登りの時のように楽しい時間となった。
「風呂上がりの女子って、すれ違っただけでめちゃくちゃいい匂いするよなぁ」
顔を緩めながら首にタオルをかける新田に、隼人はまた「セクハラ野郎、二回目」と言い放った。
「健全な男子高生はそんなことばっか考えるのが普通なんです。林間学校の楽しみは夜なんであります」
新田は、部屋着姿で歩いてくる女子たちに小さく手を振りながらすれ違う。
「お前はいいよなぁ。キレイ系の城見さんと同中で、美少女帰国子女の愛梨ちゃんと幼馴染って、前世でどれだけ徳積んできたんだよ」
そう言いながら「美少女帰国子女って早口言葉みたい」と呟いている。
「べ、別に二人ともそんなんじゃないし」
「へえ」
新田は少しどもる隼人の顔を覗き込んでニヤリとする。
(いや、愛梨ちゃんには明らかに態度違うだろ)
ふとスマホが鳴り、メッセージを読む隼人の顔が真顔に戻った。
入浴後、愛梨は自動販売機を探して食堂の方へ向かっていた。
浴室近くは軒並み売り切れていたからだ。
ふと、外へ出ていく人影が見えた。
隼人だった。
(え…?)
隼人の先には佑香の姿があった。
愛梨は思わず柱の陰に隠れる。
ここからは会話は聞こえないが、二人の表情は真剣だった。
(なんか…ダメだ…)
すぐにその場を離れないといけないと思った。
胸を押さえながら宿泊棟の方へ向かう。
二人の様子が頭から離れない。
「…した…」「木下」
背後から声がして、振り返ると水野が心配そうな顔をしていた。
「大丈夫か?」
「え?…水野くん…ごめん。ちょっとぼーっとしてて…」
水野は愛梨を外に連れ出した。外階段の陰になっている場所にしゃがむ。
「昼間から木下と話す機会うかがってたんだけど、いつも誰かと一緒だったから」
「ごめんね。何かあった?」
愛梨も辺りを見回す。真っ暗な森の奥を見ると心臓の動きが早くなってきた。
「いや、この前からほとんど会ってなかったから、その後どうしてるかな、と思って」
「ありがとう、心配してくれて。特に大丈夫だよ。クラスのみんなもいい人ばっかりだし」
「それなら良かった」
水野はいつもの人懐っこい笑顔で愛梨を見た。そして、カレー作りの時に見た愛梨とクラスメイト達の様子を思い出す。
「あのさ、同じクラスの藤島って木下の幼馴染って聞いたんだけど、アイツはあのこと知ってるの?」
愛梨の肩がすくむ。
「いや、知らない」
心臓の動きが更に早くなった。
「水野くんは、隼人…いや、藤島くんと仲いいの?」
胸を押さえた。
「一年の時同じクラスってだけで、特別仲いいわけじゃないよ」
息も荒くなる。森の奥の暗闇が迫ってくるように見えた。
「お願い、隼人だけには絶対言わないでね。絶対知られたくないの」
水野はここで愛梨の異変に気付いたが、声をかける前に愛梨が視界から消えた。
「木下!」
倒れた愛梨を必死で支える。
愛梨は苦しそうにヒューヒューと荒い呼吸をしている。
(やばいだろ)
水野は愛梨を抱きかかえて先生を探した。
「とりあえず発作は治まったし、木下さんは今夜は先生の部屋で寝てもらうわね」
保健の先生は真っ青になっている水野に言った。
愛梨は自分が持ってきた薬を飲ませてもらって落ち着いたようだった。
「先生、木下とちょっと話せませんか」
「少しだけならいいけど、木下さんが嫌がってなければ、だけどね」
先生は二人を見た瞬間、水野が愛梨に何かしたのではないかと疑っていたのだ。
部屋の中で愛梨が「大丈夫です」と言ったので、水野も中に入れてもらえた。
「木下、ごめん…俺が余計なこと言ったから…」
布団に座っている愛梨の顔色はだいぶ元に戻っていた。
「水野くんのせいじゃないの……わたし…暗いところがまだダメで…」
その後「運んでくれてありがとう」と続けた。
愛梨の華奢な肩がいっそう弱々しくみえた。
「たまにあるんだ。だからいつも薬を持ち歩いてて…今日もそれがあったから大丈夫だよ」
水野が何度もごめんと繰り返すので、今度は愛梨のほうが慌てだす。
「愛梨」
部屋のドアがそっと開いて、日菜子と麻帆が心配そうに駆け寄ってきた…が、水野と目が合って怪訝な顔をする。
愛梨の荷物を渡した日菜子と麻帆は、水野と一緒に部屋を出た。
「水野くんが愛梨を運んだって聞いたけど…」
麻帆が詰め寄る。
「…あ、うん…」
水野は何か言いたげな二人から目を反らし、「おやすみ」とだけ言って歩いて行った。
日菜子は麻帆と愛梨の肩に手を乗せてうな垂れた。
「ちょっと一人だけ楽しないでよ。普段運動しないで漫画ばっか読んでるからすぐへばるのよ」
麻帆は日菜子の手を振り払おうとする。
「いや、でも、けっこうキツいんだけど」
息があがってきた愛梨のすぐ後ろに迫ってくる足音。
「愛梨ちゃん、おんぶしてあげよっか」
日菜子がすぐに割り込んでくる。
「新田、それ完全にセクハラ~」
隣を歩く隼人も親友の新田に「セクハラ野郎」と一言呟いた。
今日は一泊二日の林間学校で、バスが到着するとすぐに山登りが始まったのだ。
「愛梨、バスの中でおやつ食いすぎだろ」
「そんな食べてないし。みんなに配ってたの」
「バスの中での愛梨、アメ配るおばちゃんみたいだったよね」
日菜子は愛梨にもらったアメをポケットから取り出す。すかさず新田がそのアメを奪って足早に登って行った。
「ちょ、新田―」
日菜子も追いかけようとするがすぐに息があがる。そんな日菜子に追いつく麻帆。
「まあ、日本での高校生活初イベントだもんな」
隼人は愛梨のペースに合わせてくれた。
「向こうでも行事はあったんだけど、やっぱり日本の高校でいろいろ体験したかったんだ」
愛梨はリュックをもう一度しっかり背負い、目線を上げた。
新緑の隙間から青空が見えた。
「秋には修学旅行もあるな」
「やった、修学旅行」
「これ終わったら中間テストだけど」
隼人はにやりと笑った。
「私、数学やばいんだって」
「英語は余裕だろ」
「余裕でもない。日本の英語のテスト、けっこう難しかったもん」
「浮かれまくってないで、勉強しろってことだな」
そんな二人のやり取りを、後ろの方で城見佑香とその友達が見ていた。
(あんなに話してる藤島、初めて見た)
下山した後は班に分かれてカレーを作った。
隣の班はまた隼人と新田もいて、山登りの時のように楽しい時間となった。
「風呂上がりの女子って、すれ違っただけでめちゃくちゃいい匂いするよなぁ」
顔を緩めながら首にタオルをかける新田に、隼人はまた「セクハラ野郎、二回目」と言い放った。
「健全な男子高生はそんなことばっか考えるのが普通なんです。林間学校の楽しみは夜なんであります」
新田は、部屋着姿で歩いてくる女子たちに小さく手を振りながらすれ違う。
「お前はいいよなぁ。キレイ系の城見さんと同中で、美少女帰国子女の愛梨ちゃんと幼馴染って、前世でどれだけ徳積んできたんだよ」
そう言いながら「美少女帰国子女って早口言葉みたい」と呟いている。
「べ、別に二人ともそんなんじゃないし」
「へえ」
新田は少しどもる隼人の顔を覗き込んでニヤリとする。
(いや、愛梨ちゃんには明らかに態度違うだろ)
ふとスマホが鳴り、メッセージを読む隼人の顔が真顔に戻った。
入浴後、愛梨は自動販売機を探して食堂の方へ向かっていた。
浴室近くは軒並み売り切れていたからだ。
ふと、外へ出ていく人影が見えた。
隼人だった。
(え…?)
隼人の先には佑香の姿があった。
愛梨は思わず柱の陰に隠れる。
ここからは会話は聞こえないが、二人の表情は真剣だった。
(なんか…ダメだ…)
すぐにその場を離れないといけないと思った。
胸を押さえながら宿泊棟の方へ向かう。
二人の様子が頭から離れない。
「…した…」「木下」
背後から声がして、振り返ると水野が心配そうな顔をしていた。
「大丈夫か?」
「え?…水野くん…ごめん。ちょっとぼーっとしてて…」
水野は愛梨を外に連れ出した。外階段の陰になっている場所にしゃがむ。
「昼間から木下と話す機会うかがってたんだけど、いつも誰かと一緒だったから」
「ごめんね。何かあった?」
愛梨も辺りを見回す。真っ暗な森の奥を見ると心臓の動きが早くなってきた。
「いや、この前からほとんど会ってなかったから、その後どうしてるかな、と思って」
「ありがとう、心配してくれて。特に大丈夫だよ。クラスのみんなもいい人ばっかりだし」
「それなら良かった」
水野はいつもの人懐っこい笑顔で愛梨を見た。そして、カレー作りの時に見た愛梨とクラスメイト達の様子を思い出す。
「あのさ、同じクラスの藤島って木下の幼馴染って聞いたんだけど、アイツはあのこと知ってるの?」
愛梨の肩がすくむ。
「いや、知らない」
心臓の動きが更に早くなった。
「水野くんは、隼人…いや、藤島くんと仲いいの?」
胸を押さえた。
「一年の時同じクラスってだけで、特別仲いいわけじゃないよ」
息も荒くなる。森の奥の暗闇が迫ってくるように見えた。
「お願い、隼人だけには絶対言わないでね。絶対知られたくないの」
水野はここで愛梨の異変に気付いたが、声をかける前に愛梨が視界から消えた。
「木下!」
倒れた愛梨を必死で支える。
愛梨は苦しそうにヒューヒューと荒い呼吸をしている。
(やばいだろ)
水野は愛梨を抱きかかえて先生を探した。
「とりあえず発作は治まったし、木下さんは今夜は先生の部屋で寝てもらうわね」
保健の先生は真っ青になっている水野に言った。
愛梨は自分が持ってきた薬を飲ませてもらって落ち着いたようだった。
「先生、木下とちょっと話せませんか」
「少しだけならいいけど、木下さんが嫌がってなければ、だけどね」
先生は二人を見た瞬間、水野が愛梨に何かしたのではないかと疑っていたのだ。
部屋の中で愛梨が「大丈夫です」と言ったので、水野も中に入れてもらえた。
「木下、ごめん…俺が余計なこと言ったから…」
布団に座っている愛梨の顔色はだいぶ元に戻っていた。
「水野くんのせいじゃないの……わたし…暗いところがまだダメで…」
その後「運んでくれてありがとう」と続けた。
愛梨の華奢な肩がいっそう弱々しくみえた。
「たまにあるんだ。だからいつも薬を持ち歩いてて…今日もそれがあったから大丈夫だよ」
水野が何度もごめんと繰り返すので、今度は愛梨のほうが慌てだす。
「愛梨」
部屋のドアがそっと開いて、日菜子と麻帆が心配そうに駆け寄ってきた…が、水野と目が合って怪訝な顔をする。
愛梨の荷物を渡した日菜子と麻帆は、水野と一緒に部屋を出た。
「水野くんが愛梨を運んだって聞いたけど…」
麻帆が詰め寄る。
「…あ、うん…」
水野は何か言いたげな二人から目を反らし、「おやすみ」とだけ言って歩いて行った。
