桜のころ

 春の風が桜の花びらを舞い上げ、愛梨は一瞬目を閉じた。
 髪が揺れる。
 二人で泣いたあの冬の日から、肩まで伸びた髪。
 愛梨が合格した看護大学構内の桜は満開だった。
 真新しいスーツに身を包んだ新入生が、あちこちで桜と一緒に写真を撮っている。
 愛梨もスマホを上に向け、ピンクの桜と青い空を写真に収めた。
 
 あの後、愛梨と隼人は「友達」に戻った。
 三年生になると隼人とはクラスが別れ、日菜子と麻帆に支えられながら学校に通うことができた。
 水野も時々、あの人懐っこい笑顔で声をかけてくれた。
 それからはほぼ受験勉強一色となり、学校と予備校に忙しい毎日を過ごした。
 隼人からは、学校帰りに見た夕日や、予備校の窓から見た景色、美季の墓地に向かう脇道に咲いていた可愛い花などの写真が時々送られてきた。
 愛梨も、雨上がりの虹や、最近オープンしたスイーツ店での写真を送ったりした。
 そして、愛梨は県外の看護大学、隼人は地元の大学の薬学部に無事合格した。
 
 愛梨は今撮った桜の写真を隼人に送信する。

「愛梨、写真のアングル上手くなったな」
 後ろから聞き覚えのある声がした。
「隼人…え?…どうして?」
「入学おめでとう。祝いに来た」
 桜の下に立つ隼人は大人びで見えた。
 愛梨の鼓動が早くなる。
「隼人も、入学おめでとう」
 愛梨も笑顔で返す。
 首元には花びら型のネックレスが光っていた。
 隼人は愛梨の髪に落ちてきた桜の花びらを手に取る。
「愛梨、もう一度俺と付き合って」
 隼人は穏やかな顔で言った。
「遠距離になるよ」
 愛梨の笑顔が戻っていた。
 出会った頃の眩しい笑顔。
 高校生活でのみんなと共にある笑顔。
 想いを通わせ合った後のはにかむような笑顔。
「大丈夫。俺ら、離れることには慣れてるだろ」
 隼人は愛梨の髪をそっと撫でた。

【完】