電車を降りた隼人は家へ足が向かず、駅前の噴水広場のベンチに座った。
ここは待ち合わせ場所になっていて、この時間帯は中高生や大学生の若者が多い。
隼人はずっと考えていた。
水野が何か知っているのは明らかだが、愛梨と二人して同じ中学ということを隠していた。
二人は付き合っていた?
隼人が前から考えていたことだが、水野は個人的に何かあったわけじゃない、と言っていた。
だったら、中学時代に愛梨自身に何かがあった。
隠さないといけないこと。
隼人はアメリカへ行く前の愛梨について記憶を手繰る。
中学二年の一学期が終わり、愛梨は毎日のように母・美季の病室に来てくれていた。
美季は日に日に起き上がることが難しくなっており、隼人も愛梨も心配で、自然とその足は病院に向かっていた。
後から父に聞いたのだが、その時期は医者から覚悟するように言われていたらしい。
隼人は家に居ると美季のことが気がかりで仕方なかったが、病室で愛梨の顔を見ると心が落ち着くのが分かった。
7月の終わり。暗くなってきたので愛梨を駅まで送ろうとしたところ、姉からすぐ病室に戻ってくるよう言われた。
愛梨と別れ、病室に戻ると美季は危篤状態となっており、翌朝静かに旅立った。
そのあたりの記憶ははっきりしない。
美季の死を受け入れられないまま葬儀が滞りなく執り行われ、父も姉も親戚の人たちと忙しくしていた。
愛梨がアメリカに行くと聞いたのは夏休みの終わり頃だった。
その時隼人は抜け殻状態で、愛梨のアメリカ行きに対して何も行動できなかった。
ただ、暗く深い闇の中に落とされたような感覚だった。
隼人は勝手に、美季が居なくなったのでもう愛梨は自分と会う理由はないのだと思っていた。
仮にそうだとしても、あんなに美季を慕っていた愛梨が葬儀にも家にも顔を出さなかったのはおかしい。
当時愛梨の父親は既にアメリカに単身赴任していたことは聞いていた。
父親を追いかけて愛梨と真知子もアメリカに移ったようだが、そんな話は事前に一言も聞いていない。急に行ってしまった、という印象だった。
最後に愛梨と会ったのは、美季が危篤となった日の夕暮れ。
(まさか)
隼人は慌ててスマホを取り出し、その日の日付と病院がある町の名前、愛梨が通っていた中学校名を入力する。
検索されて出てきた画面を見て、隼人の手が震えた。
【髪切り男ついに逮捕】
二〇XX年七月二十九日。仙台市〇区の路上で女子中学生に暴行を加えたとして、男を逮捕した。同市では四月頃から女性を狙った事件が二件起きており、警察官が巡回を強化していた。本件は巡回中の警察官が偶然に発見し、刃物で女子中学生に危害を加えたとして、その場で男を現行犯逮捕した。
隼人は姉・美乃里が帰ってくるなり、先ほど検索したスマホの画面を見せた。
「姉ちゃん、このこと知ってるよな?」
美乃里は画面を見て小さくため息をついた。
「私は知ってた…ごめん…」
「なんで…」
隼人はソファに座り込む。頭が混乱しそうだった。
「隼人が事件のこと知ったって、愛梨ちゃんには言ったの?」
隼人は愛梨とのいきさつを美乃里にも話した。
「俺のせいだよな。あの時愛梨をちゃんと送っていたら…」
暗闇が怖いと言っていた。
髪が長かった頃の話をした時の違和感。
そして、クリスマスイブの日に隼人を拒絶したこと。
隼人は頭を抱える。
どんなに怖かったことだろう。
どんな気持ちで日本を発ったのだろう。
「隼人のせいじゃない。私があの日病室に戻るよう呼び止めて、愛梨ちゃんが一人になること考えてなかったから…」
美乃里は涙を浮かべながらそっと立ち上がった。
そして、自分の部屋から一通の手紙を持ってきた。
「隼人、これ、真知子さんからの手紙」
見ると、アメリカからのエアメールだった。
「愛梨ちゃんは隼人にだけは事件のこと知られたくないって、その真知子さんの手紙に書いてあったから、私もお父さんも黙ってたの」
「読んでいい?」
隼人は手紙を受け取る。
「もう事件のこと知っちゃったし、これから愛梨ちゃんと向き合うためにも、読んだほうがいいと思う」
『美季さんにお別れができなくて、本当にごめんなさい。
美季さんという大きな存在を無くしてしまって一番支えないといけない時に、黙ってアメリカに行ったこと、心残りでなりません。
でも、愛梨のためにはこうするしかありませんでした。
報道では「暴行」とされていますが、実際には、髪を切られた時に通りがかった警察官が駆け付け、体は傷つけられずに済みました。
けれど、報道から憶測が生まれ、愛梨への二次被害を避けるためにも一旦この土地を離れたほうがいいと判断し、夫が単身赴任していたアメリカへ行くことを決めました。
体は傷つけられなかったものの、あれから暗い所を怖がり、寝ている時にうなされたりしています。
私たちはあの事件の場所からまずは離れて、愛梨の心が少しずつ回復するよう穏やかに過ごしていこうと思っています。
いつか落ち着いたら美季さんの墓前に手を合わせに伺わせてください。
それから、これはお願いなのですが、どうか自分を責めないでください。
あの付近で同じような事件が続いていたのに、愛梨に気を付けるようにと伝えなかった母親である私の責任です。
愛梨も隼人くんが自分自身を責めるのではないかと、とても気にしています。
できれば、隼人くんにはあの事件のことは知られないよう、お願いしたいです。
無理なお願いで本当にごめんなさい。』
ここは待ち合わせ場所になっていて、この時間帯は中高生や大学生の若者が多い。
隼人はずっと考えていた。
水野が何か知っているのは明らかだが、愛梨と二人して同じ中学ということを隠していた。
二人は付き合っていた?
隼人が前から考えていたことだが、水野は個人的に何かあったわけじゃない、と言っていた。
だったら、中学時代に愛梨自身に何かがあった。
隠さないといけないこと。
隼人はアメリカへ行く前の愛梨について記憶を手繰る。
中学二年の一学期が終わり、愛梨は毎日のように母・美季の病室に来てくれていた。
美季は日に日に起き上がることが難しくなっており、隼人も愛梨も心配で、自然とその足は病院に向かっていた。
後から父に聞いたのだが、その時期は医者から覚悟するように言われていたらしい。
隼人は家に居ると美季のことが気がかりで仕方なかったが、病室で愛梨の顔を見ると心が落ち着くのが分かった。
7月の終わり。暗くなってきたので愛梨を駅まで送ろうとしたところ、姉からすぐ病室に戻ってくるよう言われた。
愛梨と別れ、病室に戻ると美季は危篤状態となっており、翌朝静かに旅立った。
そのあたりの記憶ははっきりしない。
美季の死を受け入れられないまま葬儀が滞りなく執り行われ、父も姉も親戚の人たちと忙しくしていた。
愛梨がアメリカに行くと聞いたのは夏休みの終わり頃だった。
その時隼人は抜け殻状態で、愛梨のアメリカ行きに対して何も行動できなかった。
ただ、暗く深い闇の中に落とされたような感覚だった。
隼人は勝手に、美季が居なくなったのでもう愛梨は自分と会う理由はないのだと思っていた。
仮にそうだとしても、あんなに美季を慕っていた愛梨が葬儀にも家にも顔を出さなかったのはおかしい。
当時愛梨の父親は既にアメリカに単身赴任していたことは聞いていた。
父親を追いかけて愛梨と真知子もアメリカに移ったようだが、そんな話は事前に一言も聞いていない。急に行ってしまった、という印象だった。
最後に愛梨と会ったのは、美季が危篤となった日の夕暮れ。
(まさか)
隼人は慌ててスマホを取り出し、その日の日付と病院がある町の名前、愛梨が通っていた中学校名を入力する。
検索されて出てきた画面を見て、隼人の手が震えた。
【髪切り男ついに逮捕】
二〇XX年七月二十九日。仙台市〇区の路上で女子中学生に暴行を加えたとして、男を逮捕した。同市では四月頃から女性を狙った事件が二件起きており、警察官が巡回を強化していた。本件は巡回中の警察官が偶然に発見し、刃物で女子中学生に危害を加えたとして、その場で男を現行犯逮捕した。
隼人は姉・美乃里が帰ってくるなり、先ほど検索したスマホの画面を見せた。
「姉ちゃん、このこと知ってるよな?」
美乃里は画面を見て小さくため息をついた。
「私は知ってた…ごめん…」
「なんで…」
隼人はソファに座り込む。頭が混乱しそうだった。
「隼人が事件のこと知ったって、愛梨ちゃんには言ったの?」
隼人は愛梨とのいきさつを美乃里にも話した。
「俺のせいだよな。あの時愛梨をちゃんと送っていたら…」
暗闇が怖いと言っていた。
髪が長かった頃の話をした時の違和感。
そして、クリスマスイブの日に隼人を拒絶したこと。
隼人は頭を抱える。
どんなに怖かったことだろう。
どんな気持ちで日本を発ったのだろう。
「隼人のせいじゃない。私があの日病室に戻るよう呼び止めて、愛梨ちゃんが一人になること考えてなかったから…」
美乃里は涙を浮かべながらそっと立ち上がった。
そして、自分の部屋から一通の手紙を持ってきた。
「隼人、これ、真知子さんからの手紙」
見ると、アメリカからのエアメールだった。
「愛梨ちゃんは隼人にだけは事件のこと知られたくないって、その真知子さんの手紙に書いてあったから、私もお父さんも黙ってたの」
「読んでいい?」
隼人は手紙を受け取る。
「もう事件のこと知っちゃったし、これから愛梨ちゃんと向き合うためにも、読んだほうがいいと思う」
『美季さんにお別れができなくて、本当にごめんなさい。
美季さんという大きな存在を無くしてしまって一番支えないといけない時に、黙ってアメリカに行ったこと、心残りでなりません。
でも、愛梨のためにはこうするしかありませんでした。
報道では「暴行」とされていますが、実際には、髪を切られた時に通りがかった警察官が駆け付け、体は傷つけられずに済みました。
けれど、報道から憶測が生まれ、愛梨への二次被害を避けるためにも一旦この土地を離れたほうがいいと判断し、夫が単身赴任していたアメリカへ行くことを決めました。
体は傷つけられなかったものの、あれから暗い所を怖がり、寝ている時にうなされたりしています。
私たちはあの事件の場所からまずは離れて、愛梨の心が少しずつ回復するよう穏やかに過ごしていこうと思っています。
いつか落ち着いたら美季さんの墓前に手を合わせに伺わせてください。
それから、これはお願いなのですが、どうか自分を責めないでください。
あの付近で同じような事件が続いていたのに、愛梨に気を付けるようにと伝えなかった母親である私の責任です。
愛梨も隼人くんが自分自身を責めるのではないかと、とても気にしています。
できれば、隼人くんにはあの事件のことは知られないよう、お願いしたいです。
無理なお願いで本当にごめんなさい。』
