桜のころ

 冬休みに入った。
 今日は二人で愛梨の家で過ごした後、駅前のイルミネーションを見に行く予定だ。
 愛梨は買ってきたチキンを皿に並べ、サラダをガラスのボウルに盛る。
 両親も夕方まで出かけてくれたので、今日は二人きりでクリスマスイブを過ごす。
 文化祭が終わった辺りから愛梨も予備校に通うことになったので、二人でゆっくりデートするのは久しぶりだった。
 玄関のチャイムが鳴った。
 ドアを開けると隼人の頭や肩に雪がうっすら乗っている。
「降ってきたんだ。寒かったでしょ」
 隼人は白い息を吐きながら買ってきたケーキの箱を見せた。
 リビングに入ると隼人は赤いリボンがかかった小さな箱を差し出した。
「クリスマスプレゼント」
 愛梨の表情がパッと明るくなる。
「ありがとう。開けていい?」
 プレゼントはネックレスで、花びらをモチーフとしたデザインだった。
「かわいい!隼人が選んでくれたんだよね」
「うん…まあ…がんばって、選びました」
 愛梨は「なんで敬語」と笑いながら、アクセサリーショップで恥ずかしそうに選んでいる隼人の姿を想像した。
「着けようか」
 隼人は愛梨の背後にまわり、白くて細い首にネックレスをかけた。
 振り向いた愛梨のとびきりの笑顔が眩しかった。
 本当に「眩しい笑顔」はこのことだ、と思った。
 チキンやサラダを食べ終えた頃、愛梨の両親が帰ってきた。
「雪がひどくなりそうだっから早めに帰ってきた」
 隼人は急に背筋を伸ばす。
 愛梨の父親と会うのは初めてだった。
「こんばんは。お邪魔してます。藤島隼人です」
 愛梨の父は優しく微笑む。
「いつも愛梨と仲良くしてくれてありがとう」
 その様子を真知子も笑顔で見つめていた。
「ケーキ、私の部屋で食べてもいい?」
 愛梨はケーキの箱を開ける。
「いいわよ」
 真知子は強張った顔の隼人を見てから夫に目配せした。
 
 ケーキと紅茶を持って愛梨の部屋に入ると、隼人は「緊張した」と言ってその場に座り込んだ。
「パパと会うの初めてだったよね」
「自己紹介で何言うか考えてきたんだけど、急だったから全部飛んだ」
 愛梨はクスクス笑いながら紅茶の入ったマグカップを口に運ぶ。そしてスマホで雪予報を検索する。
「やっぱり今日は止みそうにないね。イルミネーションは別の日にしようか」
「年末までやってるしな」
 防寒対策をしていけば雪の中でも平気だが、隼人が帰るためのバスの最終便が早まる可能性があった。
「何時のバスにする?」
 隼人はスマホでバスの時刻表を見ている。
 愛梨は最終便のバスが出てしまえばいい、と思った。
 久しぶりにゆっくり過ごせた今日。
 今日がまだ終わってほしくなかった。
「もう少し一緒にいたい」
 愛梨は隼人のセーターの袖をそっと掴んだ。
 愛梨の首元には花びらのネックレスが小さく光っている。
「じゃ、もうちょっと…」
 隼人の声が少し低くなる。
 愛梨をそっと抱き寄せてキスをする。
 これは長めのキスだ、と愛梨は直感的にそう思った。
 愛梨が少し目を開けると、隼人の顔の向こうに部屋の天井が見えた。
(…いつものキスと…違う…)
 隼人の舌が入ってきた。
 愛梨がビクッとしたので、隼人は口を離した。
 愛梨の目をじっと見ている。
 隼人の息遣いが荒くなったと同時に、目の奥に鋭さのようなものが見えた。
 その時、愛梨の目の前に「あの時」の光景が過った。
 荒い息遣いと鋭い眼光。
(やだ…)
 そう思った時には隼人を押しのけていた。
「はぁ…ちょっと待って…やだ…」
 愛梨の呼吸が乱れている。
 隼人が驚いて体を離すと、愛梨は自分の胸を押さえていた。
「愛梨?…どうした?」
 顔が真っ青になり、ヒューヒューと激しい呼吸をしている。
 隼人は慌てて真知子を呼びに行った。