桜のころ

 札幌の自由行動は女子三人で回り、小樽は隼人と新田も加えた五人で回った。
 事前に調べた海鮮ラーメンを食べ、小樽運河のレンガ造りの建物を前に撮った写真は何十枚にもなった。
「ランプのカフェ、めちゃくちゃ良かったよ」
 日菜子がスマホの写真を見ながら前の席の女子と盛り上がっている。
「結構歩いたよな」
 今日の宿泊ホテルに向かうバスの中で、隣に座る隼人もスマホの中の写真をスクロールしている。
「疲れたけど、すごく楽しかった。私も、ランプのカフェが素敵だったな」
 小樽観光の最後に行ったランプのカフェは、石油ランプが各テーブルや壁の棚に灯されていて、薄暗い雰囲気の中でお茶や食事を楽しむことができる名所だった。
「けど、みんな静かにお茶飲んでるし、あんまり写真撮れなかったな」
 観光客はたくさん居たが、決して高校生五人がわいわい騒げる場所ではなく、できるだけ声を抑えて会話し、静かにミルクティを飲んだ。
「ミルクティ飲んでる時の新田くんの顔、今思い出しても笑える」
 普段賑やかな新田がすました感じでティーカップを口に運んでいる姿に、四人は笑いを堪えるのに必死だった。
「ティーカップが死ぬほど似合ってなかったな」
 隼人はクスクス笑いながら、カフェを出た後の新田の言葉を思い出していた。
『あの薄暗さ、ヤバくなかった?』
『ヤバいって何が?』
 新田の視線は前を歩く日菜子に向いているような気がした。
『薄暗い中でランプに照らされるって、普段の三割増しくらいに見えたってことだよ』
(確かに)
 ランプに照らされた愛梨の顔を見ながら、昨日二人で部屋で過ごしたことを思い出していた。
 その晩はなかなか寝付けなかった。
 そう言えば、薄暗い中、小さな灯りに照らされる愛梨を見るのは二度目だった。
 中学一年生の冬。
 愛梨と出会ってちょうど一年が経った病院でのクリスマス会。
 前の年は隼人が急遽参加させられたハンドベル演奏だったが、その年はロウソクに見立てた小さな電球を手に持ってクリスマスの歌を合唱する、というものだった。
 白いセーターと白いニット帽を身に着け、薄暗い中で小さな灯りに照らされた愛梨の顔から目が離せなかった。
 隣で見ていた美希が『愛梨ちゃん、大人っぽくなってきたね』と穏やかで優しい表情をしていたことも忘れられない。
 歌い終わった後の愛梨のとびきりの笑顔が、雪の中で灯される暖かい光のように見えた。
「あ、ロープウェイ見えた」
 愛梨は窓越しに山の方を見ている。
「せっかく小樽に来てるのに夜景見られないんだよね」
 ロープウェイに乗り、山の上から見る小樽の夜景はあまりにも有名だ。
 だが、今回の旅行ではホテルに運び込まれてからは外出禁止になっている。
「ホテルの上の階からなんとか見られないかなぁ」
 隼人も愛梨と一緒に夜景が見てみたいと思った。
「小樽の夜景は無理かもしれないけど、地元の駅前のイルミネーション、冬になったら見にいこうか」
 隼人は座席の下で愛梨の手をそっと握った。
 愛梨は周りを少し見回した後、満面の笑顔で「うん、楽しみ」と答えた。

 到着した地元の空港には同じく修学旅行と思われる他校の学生も居て、制服の人だかりとなっていた。
 ここからは各自で帰宅するので、それぞれバス乗り場や電車の駅に向かう。
 電車乗り場の案内板を見上げている佑香は、背後から声をかけられた。
「久しぶり」
 振り向くと中学時代のクラスメイトの綾菜だった。
「久しぶりだね。綾菜の学校も修学旅行だったの?」
 綾菜も隣にいる友達も大きな紙袋を手にしている。
「うちらは九州行ってきた」
 そしてお互いに北海道と九州のお土産を見せ合い盛り上がっていると、綾菜の友達が「水野くん」と呼んだ。
 水野は一瞬びっくりした様子だったが、すぐにいつもの笑顔に戻る。
 先ほど佑香と綾菜が交わしたような会話が再度繰り返され、水野は友達と電車乗り場の方へ向かって行った。
 綾菜の友達は一瞬考えるような仕草をし、佑香に尋ねてきた。
「木下愛梨ちゃんって同じ学校?さっき似たような子見たから」
 佑香は急に愛梨の名前を出されて少し戸惑った。
「え、木下さん?うん、二年になるのと同時にアメリカから転校してきたよ」
「やっぱりそうだったんだ」
 綾菜の友達は水野が歩いて行った方向を見ている。
 佑香はハッと気づいた。
「木下さんと同じ中学だったの?」
「え…うん、そう。水野くんも」
 綾菜の友達は言葉を濁すように答えた。
(水野くんと木下さんは同じ中学だったんだ)
 佑香はホテルの売店の前で話している水野と愛梨の姿を思い出していた。