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「……どう、かな」
「うっわ白雪、ちょーかわいい!」
コンビニのバックヤードからおずおずと浴衣であらわれた白雪を、将聖は感嘆と賞賛で迎えた。ストレートにほめられて白雪の頬が染まる。
着ているのは白雪が持っていた浴衣だ。紺地に淡いピンクと白で葵の花が描かれた、しとやかなもの。だけど今日は小物でおしゃれした。
だって、これから二人で夏祭りへお出かけだから。
「ありがとうございます、剣崎さん」
「いえいえ」
ニコニコ満足げにしている女性は、将聖のお目付け役である剣崎の妻。自前のアクセサリーを持ってきて、白雪を着付けてくれたのだった。
「お嬢にはご迷惑おかけしましたからねえ」
吾堂組の和田におそわれた件のお詫び、だそうだ。今日の将聖が仕事を免除され白雪とデートできるようになったのもそういうわけだ。
「……そのお嬢っていうのやめてください」
「だってうちの坊の彼女でしょうよ」
剣崎夫人はまじめに言い返した。普通に仕事中の白雪の母やパートさんが笑いをこらえる。もう二人の交際は親公認になってしまっているのだ。いや、剣崎夫婦は将聖の親ではないけど。
「んじゃ行こうぜ白雪」
「うん。行ってきます」
恥ずかしそうに笑うと、白雪は将聖と並んで外に出る。将聖のほうはTシャツにジーンズだったが、とても似合いの二人に見えた。
河川敷へはバスで移動した。
川沿いの遊歩道に出ても、傾きかけの真夏の日はまだまだ暑かった。陽炎の立つアスファルトの上をコロコロと下駄を鳴らし歩くのも、祭りっぽくて胸が浮き立つ。
隣からチラチラと白雪を気にする将聖だって、それは同じだ。なんてかわいいんだろうと照れてしまった。
薄桃色の帯は、ななめに折り返した裏がキリリと紅で映える。飾りの細い帯締めも、赤系にちょっぴりラメ糸が織り込まれて華やかだ。それに対して胸もとはグッと涼やかに水色の小花模様の飾り襟。
でも将聖がいちばんドギマギしているのは髪をアップにまとめた白雪のうなじだった。ふだんは隠されている首すじが、目の毒になって仕方ない。
キュッと高く結ったお団子ヘアに赤い金魚のかんざしが揺れる。そして前髪にはいつもの雪のヘアピン。
「白雪――怖いめにあわせてごめんな」
将聖はあらためて謝った。そのおわびとしてのデートだから。
「あと俺、あの時キレかけたけど白雪が声かけてくれたから踏みとどまれた。サンキュ」
それは将聖にとって大きなことだった。
冷静になれなければ判断を誤る。これから会を背負うためには必要不可欠で、でも将聖にとっては難しいスキルだ。そんなことも白雪がいてくれればできる気がした。
なのに白雪はふふ、と笑う。
「私だって、助けてもらうの待ってただけでごめんなさい。足手まといになりたくなかったけど――信じて待たなきゃ、彼女としてダメかなって」
「彼女」
驚いて将聖は立ちどまりそうになった。
恥ずかしげに振り向く白雪を見て、その言葉を口にするための努力に気づく。喜びがこみ上げて、将聖はちょっと泣きそうだ。
「白雪がどんなでも、俺の彼女でいてほしいよ」
「――うん。よろしくお願いします」
白雪の声は小さく、緊張でふるえてしまった。でもその微笑みは幸せそうなのが、まなざしをかわす将聖にはちゃんと見えている。
「あ……だめだ俺。やっべえ」
いきなりうめいた将聖が手のひらをジーンズにゴシゴシする。何かまずいことがあったかと不安になった白雪は、うかがうように将聖を見上げた。将聖が首をブンブン振る。
「なんでもない! ……てゆーか、手ぇつなぎたいなーって思ったら、めっちゃ手汗が」
「ぷ」
心配したぶん、おかしくなってしまい白雪は吹き出した。ついでにこれまでの振る舞いに抗議してみる。
「ぎゅ、てしたりもしたくせに」
「あれはさあ……」
初めて教室でした時は、他の男子へのけん制として計算ずくだった。ショッピングモールではケンカの勢いだった。それ以降はまったく手出しできていない。
だって将聖は、本当に白雪のことが大好きだから。大切にしたいのだ。
「えっと、手汗も込みで悪いんだけど。いい?」
「……うん」
そっぽを向きながら出された手に、白雪は自分の手をあずけた。
熱いぐらいの手のひらが将聖の気持ちを伝えてくれる気がする。きっと白雪の心も受け取ってもらえただろう。大好き、と。
二人はやさしい沈黙の中、歩いた。
あたりには屋台が出はじめ、にぎやかになってくる。でも手をつないでいれば迷子になったりしない。
「あーっ! 姫とワンコくん、見つけた!」
「いいな彼氏持ちー」
人混みから同級生の声が飛んでビクンとした。でも白雪はつないだ手を離さず、友だちに笑い返す。将聖は不思議そうに白雪の顔をのぞいた。
「……なんか、開き直った?」
「かも。だってもう私、しゃべれないお姫さまじゃないのよ――将聖くんのおかげ」
白雪の手にキュ、と力が入った。
やっと言えた。「将聖くん」。
名前で呼んでとお願いされてからずっと気にしていたことだ。
「白雪――」
一拍おいてつぶやいた将聖が、ギュと手を握り返してくれた。言葉がなくても通じた気がした。
わかってくれたよね。
これ、無理して呼んでみたんじゃない。私が「将聖くん」と呼びたくて呼んだの――だって私、将聖くんの彼女なんだもん。
二人は並んで祭りの人混みを歩いた。
夕暮れ。明かりの灯る提灯。やぐらでは太鼓が鳴り出す。
夏の宵がなかなか涼しくならないのは祭りの熱気のせいなのか。それとも――白雪と将聖の恋が、空に映っているからかもしれない。
了

