姫とワンコは取りつくろわない

◆◆◆

 デートといっても、将聖が選んだ場所は駅近のショッピングモールだった。気軽に行けるところでないと白雪が緊張すると思ったから。
 期末試験が終わった日の帰り道、二人でバスを終点まで乗り越す。だから制服のままだ。高校生カップルらしくてそれもまたヨシ。
 フードコートでお好み焼きとオムライスをそれぞれ買ってお昼ご飯にした。「ひと口ちょうだい」をやっただけで真っ赤になる白雪がかわいい。ニコニコながめてしまったら白雪がすねたように横を向いた。

「鬼柳くん……女の子にすごく慣れてる」

 将聖は目を見開いた。嫉妬のようなことを言われたのにも驚くし、白雪が自分の思ったことを素直に伝えてくれたのが嬉しい。すごい進歩かも、と思った。

「中学ん時に告られてつきあったことはあるけど。すぐ別れたよ」
「……彼女いたんだ」
「なになに、ヤキモチ焼いてくれる? 姫は俺が初カレ?」

 白雪はうつむいたまま小さくコクリとする。胸がキュンとしてしまった将聖は、少女かよと自分にツッコんだ。

「超うれしい――俺のまわりってさ、みんな女にはやさしいんだよね」

 身近にいる連中は荒々しい男が多い。腕っぷしにものを言わせがちだ。
 だけどそれだからだろうか、自分の女にはとことん甘いし、何かあれば必ず守る覚悟だし、愛していると伝えることをためらったりしない。明日どうなるかわからないから。
 そういうのを見ながら育った将聖なので、恋人としての行動は少々濃いめかもしれない。説明してみたら白雪はすごく微妙な顔をした。

「そう……なんだ」
「俺のそーゆーの、嫌?」
「……やじゃない、です」

 かぼそい声で否定してもらえて将聖は天にも昇る心地だった。


◇◇◇

 デートの約束に、白雪はとてもそわそわしていた。テストどころじゃないぐらいにうわの空だったので、試験結果はちょっと怖い。
 でも何よりも将聖のことを大切にしたいと思ったのだった。だからがんばろう。
 好きな気持ちをなるべく伝える。感じたことを素直に言う。
 だって、やっぱりお付き合いはナシで、なんて言われたくないから。

「――これ姫に似合う。プレゼントしてもいい?」

 フードコートのあと館内をぶらぶらし、通りがかった服飾店にディスプレーされていたヘアピンを見て将聖が立ちどまった。手にしたのは雪の結晶が並んだデザインだ。

「姫ってほんとは、白雪だもんな」
「でも……悪いから」
「自分のあげた物を身に着けてもらうのは俺の自己満なの。高くないし、受け取ってよ。お願い!」

 待ってて、と言うと将聖はさっさとレジに行ってしまう。そんな強引なところも、たぶん周囲の大人たちの影響なのか。でももちろん悪い気はしない白雪だった。
 店の前にいるのは邪魔だろう。通路の反対側の壁際に人をよけて、白雪は考えこんだ。
 どうしよう。あれをもらったら、お礼と一緒に言ってみようかな。「好き」って。でも贈り物をもらったから好きになったみたいに思われたら嫌だし。もっと別のタイミングを探すほうがいいか――。

「ねえねえ」

 目を伏せて悩んでいたら、すぐ前に人が立って白雪はハッと顔を上げた。でも将聖じゃない。知らない男の人たちだった。大学生ぐらいに見える、ちょっとチャラチャラした雰囲気の二人連れ。

「ひとり? すげえかわいいなって思って声かけたんだけど」
「え、あの」
「ひゃあ、反応うぶい。ヒマそうだし、おれらと遊ぼうよ」
「おごってあげるからさ。カラオケとか行かない?」

 これはナンパというものか。初めてのことで白雪は大混乱におちいった。
 返答は決まっている。お断り一択だ。なのにそう伝える言葉が出てこない。怖い。すると男のひとりが白雪に手を伸ばした。

「ほら行こう。ぜったい楽しい――っててっ!」

 語尾が悲鳴に変わった。白雪にふれそうだった腕がグイとねじりあげられ、男は身をよじって苦悶の顔。
 男たちの後ろにあらわれた将聖の瞳は見たことのない鋭さで、白雪は息をのんだ。

「俺の彼女にさわるんじゃねえ」
「い、いてっ! なんだよ男連れかよ! 知らなかったんだって!」
「ああん? 知らねえですむと思ってんのか?」
「くそガキがイキッてんじゃねえぞ!」

 腕をねじられたのとは別の男が将聖に怒鳴り返した。どう見ても年下の将聖に対し男たちは二人だ。強気になるのもわかる。

「てめえが目ェ離してた女、かっさらって何が悪いっ!」

 そこで白雪は、将聖から「プチン」という音が聞こえたような気がした。

「――んだとコラァ」

 低い声をもらすと将聖は動いた。
 つかまえていたナンパ男その一を床に投げ捨てる。次に男その二の胸倉も秒で取り、しめあげる。ぐえ、というのにもかまわず足を払い背中から叩き落とす。

「だめ!」

 白雪は必死で叫んだ。
 なんだろう、これきっと将聖のほうが強い。喧嘩も格闘技も白雪は知らないけど肌感覚でわかった。このままではボコボコにしてしまう。

「やめて鬼柳くん。もういい」
「き、きりゅう?」

 男その一がギクリと跳びのいた。白雪の声に気づいたのか、将聖は手を放す。

「鬼柳っておい」

 その二もいきなり戦意を失って青ざめた。インネンをつけたのが成和相同会の者だと気づいたのだろう。床の上で咳こみながら後ずさった。
 ゆらりと体を起こした将聖は、まだ射貫くような視線を周囲に配る。ピリピリした空気。でも白雪は毅然と言い聞かせた。

「怪我させちゃだめ。こんな人たちのために鬼柳くんが悪者にならないで」

 そう言ってナンパ二人組に目をやると将聖も並んでそちらをにらみつけた。男たちはヒイッと悲鳴をもらして立ち上がる。そして腕とのどを押さえつつ、逃げていった。
 見送った将聖がゆらりと振り向く。そして――白雪はふわりと抱きしめられた。

「ごめん、俺がひとりにしたから――」
「ちょ、やん」

 大切に大切に腕の中におさめられ、白雪は恥ずかしくて真っ赤になり――でもとても嬉しいな、と思った。