◇◇◇
白雪は登校前、コンビニに顔を出す。おもに夜勤を担当している父に朝の挨拶をするためだ。
「おはよう、お父さん。行ってくるね」
「ああ気をつけて……そうだ白雪、同級生にここらの顔役の家の子がいるんだって?」
父の言葉に白雪はドキンとした。それは将聖のこと。
交際を申し込まれたと親には言っていないが、このあいだコンビニに来たのを聞いたのだろう。
「その子のこと、あーだこーだ言うんじゃないぞ。あの会社はな、たしかに成り立ちはヤクザかもしれんが真っ当に町のことを考えてるんだ」
「え……?」
父の顔はまじめだった。
コンビニにする前から代々商店をしていて、この町で育った父。成和相同会は暴力で脅し、みかじめ料を取るようなやからじゃないと言い切る。
「困ってる家庭がありゃ助けるし、義理に厚い。下の連中までそれを叩きこんでるからな。その子だって悪さなんかしないだろ?」
「もちろん。人気者だよ」
「そりゃよかった」
家のことでいじめられていないかと心配したのか。余計なことを言いふらすなと釘を刺されてから、白雪は出かけた。
「鬼柳くん……いい人だもん」
バス停で列に並びながら、将聖のことを思い返す。「姫を守りたい」とささやかれた声が耳によみがえって心臓がはねた。今日も学校で会うはずなのに、何を話せばいいかわからなくて困る。
なのにバスに乗ったら何故か将聖がいた。白雪は乗車口で立ちどまってしまい後ろの人ににらまれる。あわてて謝る白雪に、将聖はやや照れた顔で近づいてきた。
「はよ」
「おはよう……このバスだって、よくわかったね」
「いいカンしてるだろ?」
バスの中には同じ高校の生徒たちもいた。白雪と将聖の取り合わせをチラチラ気にされる。いつもは一人で乗っているし、変に思われてしまいそうで白雪は緊張した。
「どした?」
「……ううん、なんでもない」
「姫さあ、家だと元気にしゃべってたのに外だと無理なの? 内弁慶?」
白雪が周囲を気にし、うつむいたのを将聖は見逃さなかった。
◆◆◆
バスの中で並んで立ち、将聖は目を伏せる白雪を見下ろした。まつげが頬にかげを落としてきれいだ。
でもなんだか嬉しくない。白雪があまり楽しそうじゃないから。
「姫……人と話すの、苦手?」
「……うん」
もしかしてと思い訊いてみたら、白雪は情けなさそうにうなずいた。
その「しまった」という顔が素の白雪なのかもしれない。そんな表情を見せてもらえたことで、将聖はあっという間に有頂天になった。混んできた車内で小声で力説した。
「どうしてさ。姫はちゃんとしてるし、教室で変なこと言ってないから大丈夫だよ。それにお店ではちゃんと受け答えできるだろ」
コンビニを訪れた時、将聖はついでに白雪の仕事ぶりをながめていた。
常連客だろう近所の爺さん相手にタバコを売りながら、「吸いすぎちゃだめですよ」とニコニコ注意する姿に笑いそうだった。商売より相手の健康を優先するのか。
白雪がまっすぐな人柄なのは、たぶん学校でも家でも同じ。だから将聖も白雪のことを好きになったのだ。
「俺は、姫とたくさんしゃべりたい」
「ありがと……お店なら、言わなきゃいけないことって決まってるでしょ?」
「うん、まあ」
「だから話せるの。でも友だちとは自由だから」
「会話が?」
「そう。これ言ったら失礼かな、傷つけるかもな、て考えたら――どんどんしゃべれなくなっちゃった」
白雪はポツポツとそんなことを白状する。顔を寄せて聞きながら将聖はめまいがしてきた。どうしよう、この子。
――白雪はやさしいんだ。
誰も傷つけたくなくて、考えすぎて、何も言えなくなる。そしてそんな自分が嫌で自信をなくし、もっと口下手になった。
「もー……姫かわいい」
「え」
将聖はつい、白雪の頭をポンポンとなでてしまった。周りが軽くざわつく。白雪もヒクッと息をのんだのがわかった。でもこんなのかわいすぎる。
悩んでいるのだろうけど、なんてまともな子なんだろうか。
◇◇◇
一緒に登校した白雪と将聖。教室に行くとちゃんと歓声で迎えられた。
「おはよ! 姫ったらほんとに鬼柳くんと付き合ってるんだね」
「え、と。あの」
いつも一緒にお弁当を食べる子たちに囲まれて祝福された。白雪と将聖は付き合っていることになるのだろうか。申し込まれた時にお断りしなかったのだから、そうかもしれない。
白雪は照れてしまいトクンと鼓動がはやくなる。はにかんだら、みんなが目をまるくした。
「うわ。こんな表情かわる姫とか初めて見たかも」
「ほんと。いつも落ち着いてるのに」
「なんかイイね。かわいいよ姫」
いい。
そうほめられて白雪はびっくりしてしまった。自分の気持ちに素直な反応をしたのに、ちゃんと受け入れてもらえるんだ。
ますます頬を赤くした白雪だったが、がんばって言ってみた。
「……あんまりからかわないで。私はいいけど、嫌な人もいるかもしれないし」
それは委員長の和田への気づかいだった。
将聖やみんなが勝手に「告白なのか」と判断してしまったけど、本当に勉強のお誘いだけだった可能性もある。勝手に失恋したことにされて、しかも相手が教室の中ではしゃいでいるのは気分が悪いだろう。その指摘に女子たちがややバツが悪そうになった。
「まわり見えてるなあ。そういうトコは姫だよね。あたしなら浮かれて騒いでツッコミくらうまでニヤニヤするわ」
「姫ったら冷静」
ほめられることじゃないと白雪は思った。
人を傷つけたくないのは、自分が傷つきたくないことの裏返し。ただ臆病なだけだ。
だから考えてしまう。将聖を好きな女子のことも傷つけているかもと。ひそかに片想いしている子がいてもおかしくないのだ。だってあんなに格好よくて明るくてやさしい人なんだから。
でもそう思った自分にまたドキンとし、白雪はあわてて席についた。平静をよそおって教科書をカバンから出すが、顔を上げると一緒に登校したはずの将聖が見あたらない。
「……あれ」
どうしたんだろう。
白雪は登校前、コンビニに顔を出す。おもに夜勤を担当している父に朝の挨拶をするためだ。
「おはよう、お父さん。行ってくるね」
「ああ気をつけて……そうだ白雪、同級生にここらの顔役の家の子がいるんだって?」
父の言葉に白雪はドキンとした。それは将聖のこと。
交際を申し込まれたと親には言っていないが、このあいだコンビニに来たのを聞いたのだろう。
「その子のこと、あーだこーだ言うんじゃないぞ。あの会社はな、たしかに成り立ちはヤクザかもしれんが真っ当に町のことを考えてるんだ」
「え……?」
父の顔はまじめだった。
コンビニにする前から代々商店をしていて、この町で育った父。成和相同会は暴力で脅し、みかじめ料を取るようなやからじゃないと言い切る。
「困ってる家庭がありゃ助けるし、義理に厚い。下の連中までそれを叩きこんでるからな。その子だって悪さなんかしないだろ?」
「もちろん。人気者だよ」
「そりゃよかった」
家のことでいじめられていないかと心配したのか。余計なことを言いふらすなと釘を刺されてから、白雪は出かけた。
「鬼柳くん……いい人だもん」
バス停で列に並びながら、将聖のことを思い返す。「姫を守りたい」とささやかれた声が耳によみがえって心臓がはねた。今日も学校で会うはずなのに、何を話せばいいかわからなくて困る。
なのにバスに乗ったら何故か将聖がいた。白雪は乗車口で立ちどまってしまい後ろの人ににらまれる。あわてて謝る白雪に、将聖はやや照れた顔で近づいてきた。
「はよ」
「おはよう……このバスだって、よくわかったね」
「いいカンしてるだろ?」
バスの中には同じ高校の生徒たちもいた。白雪と将聖の取り合わせをチラチラ気にされる。いつもは一人で乗っているし、変に思われてしまいそうで白雪は緊張した。
「どした?」
「……ううん、なんでもない」
「姫さあ、家だと元気にしゃべってたのに外だと無理なの? 内弁慶?」
白雪が周囲を気にし、うつむいたのを将聖は見逃さなかった。
◆◆◆
バスの中で並んで立ち、将聖は目を伏せる白雪を見下ろした。まつげが頬にかげを落としてきれいだ。
でもなんだか嬉しくない。白雪があまり楽しそうじゃないから。
「姫……人と話すの、苦手?」
「……うん」
もしかしてと思い訊いてみたら、白雪は情けなさそうにうなずいた。
その「しまった」という顔が素の白雪なのかもしれない。そんな表情を見せてもらえたことで、将聖はあっという間に有頂天になった。混んできた車内で小声で力説した。
「どうしてさ。姫はちゃんとしてるし、教室で変なこと言ってないから大丈夫だよ。それにお店ではちゃんと受け答えできるだろ」
コンビニを訪れた時、将聖はついでに白雪の仕事ぶりをながめていた。
常連客だろう近所の爺さん相手にタバコを売りながら、「吸いすぎちゃだめですよ」とニコニコ注意する姿に笑いそうだった。商売より相手の健康を優先するのか。
白雪がまっすぐな人柄なのは、たぶん学校でも家でも同じ。だから将聖も白雪のことを好きになったのだ。
「俺は、姫とたくさんしゃべりたい」
「ありがと……お店なら、言わなきゃいけないことって決まってるでしょ?」
「うん、まあ」
「だから話せるの。でも友だちとは自由だから」
「会話が?」
「そう。これ言ったら失礼かな、傷つけるかもな、て考えたら――どんどんしゃべれなくなっちゃった」
白雪はポツポツとそんなことを白状する。顔を寄せて聞きながら将聖はめまいがしてきた。どうしよう、この子。
――白雪はやさしいんだ。
誰も傷つけたくなくて、考えすぎて、何も言えなくなる。そしてそんな自分が嫌で自信をなくし、もっと口下手になった。
「もー……姫かわいい」
「え」
将聖はつい、白雪の頭をポンポンとなでてしまった。周りが軽くざわつく。白雪もヒクッと息をのんだのがわかった。でもこんなのかわいすぎる。
悩んでいるのだろうけど、なんてまともな子なんだろうか。
◇◇◇
一緒に登校した白雪と将聖。教室に行くとちゃんと歓声で迎えられた。
「おはよ! 姫ったらほんとに鬼柳くんと付き合ってるんだね」
「え、と。あの」
いつも一緒にお弁当を食べる子たちに囲まれて祝福された。白雪と将聖は付き合っていることになるのだろうか。申し込まれた時にお断りしなかったのだから、そうかもしれない。
白雪は照れてしまいトクンと鼓動がはやくなる。はにかんだら、みんなが目をまるくした。
「うわ。こんな表情かわる姫とか初めて見たかも」
「ほんと。いつも落ち着いてるのに」
「なんかイイね。かわいいよ姫」
いい。
そうほめられて白雪はびっくりしてしまった。自分の気持ちに素直な反応をしたのに、ちゃんと受け入れてもらえるんだ。
ますます頬を赤くした白雪だったが、がんばって言ってみた。
「……あんまりからかわないで。私はいいけど、嫌な人もいるかもしれないし」
それは委員長の和田への気づかいだった。
将聖やみんなが勝手に「告白なのか」と判断してしまったけど、本当に勉強のお誘いだけだった可能性もある。勝手に失恋したことにされて、しかも相手が教室の中ではしゃいでいるのは気分が悪いだろう。その指摘に女子たちがややバツが悪そうになった。
「まわり見えてるなあ。そういうトコは姫だよね。あたしなら浮かれて騒いでツッコミくらうまでニヤニヤするわ」
「姫ったら冷静」
ほめられることじゃないと白雪は思った。
人を傷つけたくないのは、自分が傷つきたくないことの裏返し。ただ臆病なだけだ。
だから考えてしまう。将聖を好きな女子のことも傷つけているかもと。ひそかに片想いしている子がいてもおかしくないのだ。だってあんなに格好よくて明るくてやさしい人なんだから。
でもそう思った自分にまたドキンとし、白雪はあわてて席についた。平静をよそおって教科書をカバンから出すが、顔を上げると一緒に登校したはずの将聖が見あたらない。
「……あれ」
どうしたんだろう。

