姫とワンコは取りつくろわない

◆◆◆

 雨にけぶる昇降口で、将聖は白雪をつかまえた。
 逃げるように教室を出ていかれたが、ここで話しておかなきゃクラスメートへの「交際匂わせ」をうやむやにされかねない。ちゃんと畳みかけてはっきりオーケーさせるのだ!

「ひーめ、傘に入れてくれる?」
「鬼柳くん……」
「折り畳み持ってるんだよね? 俺と姫の仲だし一緒に帰ろ」
「仲、って……!」

 ポッと白雪が顔を赤らめて、将聖もなんだかドキドキした。
 向き合って照れる二人なんて、はた目には付き合いたてにしか見えない。ヒューヒューいって追い抜いていく同級生たちに、将聖は笑顔で親指を立てこたえた。

「ほら、こうしてても冷やかされるからさ」
「う、うん……」

 困って迷っている白雪を強引にリードする。うなずいて傘を取り出してしまう白雪は押しに弱そうな感触。よし、ここは強引にいこう。

「あ、俺が持つ」

 白雪の折り畳み傘をサッと横取りした。体がぶつかりそうになりながら一つの傘で歩き出すと、白雪が顔をそらす。チラリと見える耳が真っ赤だ。

「あの、その」
「そんな警戒しないでよ。昼休み、ぎゅってしたの怒った? ごめん」
「え……そんなに怒ってない、けど」

 子犬モードでしょんぼりしてみせると白雪はおろおろする。怒ってないと言われて将聖は屈託なく笑った。

「よかったー! 姫に嫌われたら俺、泣いちゃうなあ」
「嫌うなんて……」

 弱々しくつぶやく白雪はとても頼りない。店員をやっていた時とまるで違うのが不思議だった。

「嫌いじゃないならよかった! 家があそこってことは、姫バス通学?」
「うん」
「じゃバス停に行こう」

 校門を出ると、電車の駅へ向かう生徒たちもいる。気づいた白雪が心配そうに見上げてきた。

「鬼柳くん、もしかして電車?」
「いつもはね。でも今日は姫と帰る」
「そんなの悪いから」
「今さら駅まで濡れて行けって? やだよ」
 
 無理やりゲットした相合い傘なのに、将聖は平然とその権利を主張した。


◇◇◇

 白雪の自宅は、経営するコンビニの二階と三階だ。学校近くのバス停からの路線が近所を通っている。
 将聖が利用する駅はその路線バスの終点だそう。学校の最寄りからは各駅停車で三駅。

「電車のがタイパいいんだ。でも姫に合わせてバス通にしようかな」

 バスに乗り、並んで立つと将聖は言った。白雪は手すりにつかまり、将聖は吊り革だ。背が高いなと白雪はあらためて思った。傘を差してくれた時も感じていたけど。

「……通学路、私に合わせるなんて、おかしい」
「なんで? 俺がそうしたいだけ」

 白雪が頑張って口にした反論を、将聖はあっさり笑いとばす。そしてそっと耳もとにかがんでささやいた。

「姫のこと好きだよ。俺と付き合って」
「え……」

 バス車内でこっそり告白され、白雪の背すじがピキンとなる。心臓が早鐘を打ちはじめたのに、将聖は平気な顔だ。

「クラスのみんなも誤解してくれたし、ちょうどよかった」
「そんな」

 誤解させるようなことをしたのは将聖自身なのに。調子のいいことを言われて白雪は絶句する。

「な、どう?」
「でも、でもいきなり」
「俺のこと嫌い?」

 話が戻ったかもしれない。でも白雪の頭はもう、いっぱいいっぱいだった。
 だってずっと耳もとでささやかれっぱなし! こんなの非常事態だ。

「あ、だけど姫、さっき嫌いじゃないって言ってくれたよね。じゃあオッケーってことで」
「ちょっと鬼柳くん」

 強引に話を決めてしまう将聖に白雪は抗議した。でも黙ってしまう。返ってきたまなざしが、とてもやわらかくて幸せそうだったから。

「お願い。姫は――本当の俺のこと知っても怖がらないでいてくれたから、すごく嬉しかったんだ」
「あ――」

 それは昨日知ってしまった、将聖の家の秘密のこと。
 今はみんなの人気者になっている将聖も、家業のせいで幼い頃にはいじめられたりしたのだろうか。そう考えて白雪はうつむいてしまった。

「……鬼柳くんは鬼柳くんだもん」
「サンキュ。姫がそういう子だから、俺も好きになったの。わかってくれる?」

 また「好き」と畳みかけられて白雪は、ボン、と赤面する。
 ――ぶっちゃければ、まんざらでもなかった。
 だって将聖はカッコいい。それにお茶目で明るく誰にでも好かれるワンコくんだ。そんなキャラが、引っ込みじあんな白雪にはまぶしかった。
 コンビニに来た時のすごみのある笑顔にはびっくりした。でもたぶん本当は悪い人じゃないと思う。

「姫んちの辺り、どっかの組に狙われてるっぽいんだよな……それが解決するまでの間だけでも、とりあえずお試しで。俺、姫のこと守りたい」

 至近距離で見つめられ、白雪は何も言い返せない。
 でも、将聖のことをちゃんと知りたいと感じた。


◆◆◆

 途中下車する白雪を見送り、終点までバスに乗った将聖。駅には剣崎が車で迎えに来ていた。傘もないし、ちゃんと連絡しておいたのだ。

「お帰りなさいやし、坊」
「おう」

 将聖を乗せて走り出し、すぐに剣崎は報告してくれた。

「クラスメートのお嬢さんのコンビニのことなんですが」
「なんかわかったか」
「〈吾堂組(ごどうぐみ)〉がかかわってますね」
「吾堂組か……」

 眉を上げた将聖は、座席に沈み込んで腕を組んだ。
 吾堂組。それは昔〈成和相同会〉から分裂した一家だった。もちろん友好的な間柄ではない。
 向こうからすると成和相同会は目の上のたんこぶなのだろうか。隣合うシマから虎視眈々と鬼柳の勢力圏を狙っている。今回のこともそうだろうと踏んではいた。

「夜中に張らせまして」
「ずるいな。俺もそれ行きたかった」
「だめです。坊の年齢じゃ働けない時間帯ですよ」
「労働基準法守りすぎ」

 将聖の声がうんざりする。社会的に目くじら立てられる存在だからこそキチンとするのだと言われてはいるが、融通がきかなすぎだ。だが剣崎はしゃあしゃあとまくし立てた。

「坊は力加減もできてませんし。やりすぎはいけません」
「手ごたえのない下っ端だったのか」
「それどころか、金を握らされたただの不良少年でしたね」

 大人に囲まれて泣きそうなガキどもに口を割らせた。そこで出た名から、吾堂組の構成員を割り出したそうだ。

「子どもを使うとか、みっともねえやり口だな」

 と言う将聖も不良少年たちと同じぐらいの年齢だが、これでも成和相同会の跡取りだ。身内以外の者がシマでのさばるのを許してはおけない。
 と、剣崎が鋭い目つきで運転席から振り向いた。

「どうやら坊の高校に、吾堂組の関係者が通ってるようなんで」
「……ほう?」

 将聖の眉間が一気に険しくなった。