◇◇◇
ピロピロピロピローン♪
コンビニの自動ドアが開いて、入店チャイムが鳴った。梅雨の晴れ間の蒸し暑さが店内に流れ込む。
このメロディが小森白雪にとっては「おかえりなさい」の代わり。ここは両親が経営する店だ。
「いらっしゃいま――あ、白雪おかえり! ごめん、今日は店に入ってくれる? 三田さんのお子さん熱出したんだって」
「うわ、たいへん」
迎えてくれたのは副店長である母。
日中は母とパートさんでシフトを回していることが多い。だけど今日は、パートの一人が早退したようだ。よくあることだった。
「すぐ着替えるね」
白雪はスルリとバックヤードに行くと、自分のロッカーを開けた。
カバンをしまって高校の制服を脱ぎ、きちんとハンガーに掛ける。
水色のスタッフユニフォームに袖を通すと、サラリと長い黒髪をまとめて動きやすくした。名札が曲がっていないか確認すれば、高校一年生バイト店員のできあがりだ。
「さて、働きますか」
気合を入れ直してレジに出ていくと、ちょうど入店音が鳴った。白雪は明るく応じる。
「いらっしゃいませー!」
しかし目をやってギクリとした。
入り口に立っていたのは、白雪と同じ高校の制服を着た――しかも同級生の男子だったのだ。
◆◆◆
ピロピロピロピローン♪
自動ドアをくぐって、鬼柳将聖は鋭い目を店内に向けた。
将聖は高校一年生だ。背が高く、ふわりとした茶色っぽい髪にととのった顔立ち。人なつこい笑顔を絶やさず、学校でも人気があると自負している。
しかし今、将聖の頬に笑みはなかった。後ろに続く黒いスーツの男に不機嫌な視線をやる。
「剣崎よお。外にも中にも別に妙な客なんかいねえぞ」
「そりゃあまだ夕方ですから。坊とチンピラを会わせたら、手加減できなくて伸してしまいますし」
このガタイのいい中年男は将聖のお目付け役にして教育係、剣崎。
今日ここに将聖が来たのは、周辺をチンピラどもが荒らしているという情報からだ。将聖の家はそういう連中を野放しにしておけない立場だった。
「ぶっ飛ばさねえなら、何しに来させられたんだ俺」
「ただの顔見せです。坊にはうちのシマのことを勉強してもらって、地域の皆さんに顔をつなげろと社長の命令なんで」
「……学校帰りにそーゆーの、やめてくんねえかなあ」
「高校生ともなれば、坊も大人みたいなもんです。腕っぷし以外も鍛えて下さい」
迫力あるツラがまえで神妙に言い聞かせられる。将聖はうんざりしながらレジに目をやりギクリと動きをとめた。
「――姫?」
その視線の先で固まっていたのは、クラスの男子たちの憧れである「姫」こと白雪だった。
キレイ系で気づかいにあふれ、いつも優しく微笑んでいる。そんなふるまいからクラスのお姫さまポジションにおさまっている小森白雪。
そんな彼女といきなり遭遇して、将聖はポカンとした。
◇◇◇
「鬼柳くん……あの、いらっしゃいませ」
もじもじと白雪は言った。
家がコンビニなことは秘密でもなんでもない。だけどクラスメイトには言っていなかった。
だって高校入学早々、「姫」と祭り上げられてしまったから。
白雪は色白で黒髪ロングヘアの清楚系。客観的には美人といえるのに、口ベタなのがコンプレックスだった。
高校はバス通学の距離だ。中学までのご近所ネットワークとは切り離された場所で、知らない人ばかりの同級生に気後れした。おかげでますます口数が少なくなる。
そんな中、ちょっとでも印象を良くするべく微笑んで過ごしてみた。そうしたら「姫」キャラが定着してしまったのだ。たぶん、白雪という名前がいけないのだと思う。
でもいじめられたり無視されたりするより、不思議キャラの方がずっといい。それで「姫」扱いを受け入れおっとりと過ごして早三ヶ月だ。
同級生にとっては「姫」のコンビニ店員姿なんて意外なのだろう。将聖は白雪に歩み寄ると目をまるくした。
「ガチで姫だ……コンビニでバイト?」
「ええと、ここ親の店なので……」
とまどった顔の将聖に、白雪だってとても困惑していた。
だって教室にいる将聖は、誰にでも愛嬌を振りまくワンコ系男子だ。その明るさと外向的な性格に白雪はひそかに憧れている。
なのに、今日の将聖はいつもとぜんぜん違った。
「姫はともかく……俺も見られちまったな」
苦々しい顔でつぶやき、将聖は後ろをチラリとする。そこにいた黒スーツのガッシリした男性は父親などではないと白雪は確信した。将聖に対してピシリとした姿勢を崩さないから。
「おまえ、余計なことさせやがって。バレたじゃねえか」
「こちらのお嬢さんは坊のクラスメートさんで?」
「そ。んで、ここの店の娘――なんだよな、姫?」
「う、うん」
ひしひしと感じる任侠の香りに緊張しながら白雪はうなずいた。将聖がチカリとすごみのある笑顔を見せる。
「じゃあしょうがねえか――俺さ、ここらを仕切ってる〈成和相同会〉の跡取りなんだ。以後、よろしく」
将聖が白雪へ向ける顔には、学校での甘えた感じはまったくない。
その危うい雰囲気に――白雪は鼓動が速くなるのを抑えられなかった。
ピロピロピロピローン♪
コンビニの自動ドアが開いて、入店チャイムが鳴った。梅雨の晴れ間の蒸し暑さが店内に流れ込む。
このメロディが小森白雪にとっては「おかえりなさい」の代わり。ここは両親が経営する店だ。
「いらっしゃいま――あ、白雪おかえり! ごめん、今日は店に入ってくれる? 三田さんのお子さん熱出したんだって」
「うわ、たいへん」
迎えてくれたのは副店長である母。
日中は母とパートさんでシフトを回していることが多い。だけど今日は、パートの一人が早退したようだ。よくあることだった。
「すぐ着替えるね」
白雪はスルリとバックヤードに行くと、自分のロッカーを開けた。
カバンをしまって高校の制服を脱ぎ、きちんとハンガーに掛ける。
水色のスタッフユニフォームに袖を通すと、サラリと長い黒髪をまとめて動きやすくした。名札が曲がっていないか確認すれば、高校一年生バイト店員のできあがりだ。
「さて、働きますか」
気合を入れ直してレジに出ていくと、ちょうど入店音が鳴った。白雪は明るく応じる。
「いらっしゃいませー!」
しかし目をやってギクリとした。
入り口に立っていたのは、白雪と同じ高校の制服を着た――しかも同級生の男子だったのだ。
◆◆◆
ピロピロピロピローン♪
自動ドアをくぐって、鬼柳将聖は鋭い目を店内に向けた。
将聖は高校一年生だ。背が高く、ふわりとした茶色っぽい髪にととのった顔立ち。人なつこい笑顔を絶やさず、学校でも人気があると自負している。
しかし今、将聖の頬に笑みはなかった。後ろに続く黒いスーツの男に不機嫌な視線をやる。
「剣崎よお。外にも中にも別に妙な客なんかいねえぞ」
「そりゃあまだ夕方ですから。坊とチンピラを会わせたら、手加減できなくて伸してしまいますし」
このガタイのいい中年男は将聖のお目付け役にして教育係、剣崎。
今日ここに将聖が来たのは、周辺をチンピラどもが荒らしているという情報からだ。将聖の家はそういう連中を野放しにしておけない立場だった。
「ぶっ飛ばさねえなら、何しに来させられたんだ俺」
「ただの顔見せです。坊にはうちのシマのことを勉強してもらって、地域の皆さんに顔をつなげろと社長の命令なんで」
「……学校帰りにそーゆーの、やめてくんねえかなあ」
「高校生ともなれば、坊も大人みたいなもんです。腕っぷし以外も鍛えて下さい」
迫力あるツラがまえで神妙に言い聞かせられる。将聖はうんざりしながらレジに目をやりギクリと動きをとめた。
「――姫?」
その視線の先で固まっていたのは、クラスの男子たちの憧れである「姫」こと白雪だった。
キレイ系で気づかいにあふれ、いつも優しく微笑んでいる。そんなふるまいからクラスのお姫さまポジションにおさまっている小森白雪。
そんな彼女といきなり遭遇して、将聖はポカンとした。
◇◇◇
「鬼柳くん……あの、いらっしゃいませ」
もじもじと白雪は言った。
家がコンビニなことは秘密でもなんでもない。だけどクラスメイトには言っていなかった。
だって高校入学早々、「姫」と祭り上げられてしまったから。
白雪は色白で黒髪ロングヘアの清楚系。客観的には美人といえるのに、口ベタなのがコンプレックスだった。
高校はバス通学の距離だ。中学までのご近所ネットワークとは切り離された場所で、知らない人ばかりの同級生に気後れした。おかげでますます口数が少なくなる。
そんな中、ちょっとでも印象を良くするべく微笑んで過ごしてみた。そうしたら「姫」キャラが定着してしまったのだ。たぶん、白雪という名前がいけないのだと思う。
でもいじめられたり無視されたりするより、不思議キャラの方がずっといい。それで「姫」扱いを受け入れおっとりと過ごして早三ヶ月だ。
同級生にとっては「姫」のコンビニ店員姿なんて意外なのだろう。将聖は白雪に歩み寄ると目をまるくした。
「ガチで姫だ……コンビニでバイト?」
「ええと、ここ親の店なので……」
とまどった顔の将聖に、白雪だってとても困惑していた。
だって教室にいる将聖は、誰にでも愛嬌を振りまくワンコ系男子だ。その明るさと外向的な性格に白雪はひそかに憧れている。
なのに、今日の将聖はいつもとぜんぜん違った。
「姫はともかく……俺も見られちまったな」
苦々しい顔でつぶやき、将聖は後ろをチラリとする。そこにいた黒スーツのガッシリした男性は父親などではないと白雪は確信した。将聖に対してピシリとした姿勢を崩さないから。
「おまえ、余計なことさせやがって。バレたじゃねえか」
「こちらのお嬢さんは坊のクラスメートさんで?」
「そ。んで、ここの店の娘――なんだよな、姫?」
「う、うん」
ひしひしと感じる任侠の香りに緊張しながら白雪はうなずいた。将聖がチカリとすごみのある笑顔を見せる。
「じゃあしょうがねえか――俺さ、ここらを仕切ってる〈成和相同会〉の跡取りなんだ。以後、よろしく」
将聖が白雪へ向ける顔には、学校での甘えた感じはまったくない。
その危うい雰囲気に――白雪は鼓動が速くなるのを抑えられなかった。

