少女と青年が、穏やかな時間を過ごしていることを知っているクラスメイトはいない。

 今の光景を見つけてしまった人がいたら、驚愕するだろう。


「おまえって、進路どうすんの?」
「なんで?」
「渡したプリント。進路について」
「……なるほど」


 ぱしゃぱしゃと音を立てて足をばたつかせる青年を、少女は隠すこともなく見つめた。少女の中の少女は、皆が思うほど摩訶不思議じゃない。人より少し表情が乏しく、感情の発露が遅いだけ。特別じゃない。同じ人間だ。

 だから、合理的ではない選択をすることもある。


「君と同じとこいく」
「……は?」
「君が進学するなら、同じとこ選ぶ」
「……」
「就職なら、同じにはしない」


 虚をつかれた青年が、動きを止めた。

 少女の真意を飲み込むまで、時間がかかる。どこにでもひとりでいける少女が、青年と同じとこを選ぶ意味。


「本気で言ってんの?」
「うん」


 なんてことなさそうな声色。

 動揺している青年の顔を正面から見つめた少女は、不意に口元を緩ませた。精巧なロボットのような少女の表情が、人間らしいものになる。やわらかくて、あたたかくて、安心する、やさしい笑み。

 少女は、青年に迷惑をかけるつもりはない。お世話させるつもりもない。

 けど、学校で唯一、気を許せる人だ。

 連絡先を知っていて、隣に座って話しができて、自分を探してくれる人。いない恋人なんかより友だちなんかより、ただのクラスメイトである彼が一等大切。


「俺、進学だけど」
「わかった」
「大学までおまえの面倒みんの?」
「みなくていいよ」
「や、いたら放っておくのむりだし」
「それは君の問題」
「……」


 困惑している青年に、少女は更に破顔した。

 珍しく完全に気を許している少女を前にして、青年は火照った頬を誤魔化そうと水面に視線を落とす。熱中症になりかけてるから、あつい。そう思わないとやってられない。