二十五メートルプールを見下ろす少女は、太陽光を反射させる水面に眩しいと目を細めた。

 太陽の煌めきを集めた水面はきらきらと輝いて、水底では光が模様を作っている。紺色のスカートをはためかせる夏の風が少女の絹のような髪を攫ってゆく。

 脱ぎ捨てられた上靴と靴下がプールサイドに転がった。少女はプールサイドに腰を下ろし、ちゃぷんと足先を透明な表面に沈ませる。冷たくない。太陽光で熱されたお湯と言ってもいいだろう。とんだ茶番だ。

 もう濡れてしまった足をぬるま湯から出す気にもならず、少女はぷらんぷらんと水面を両足で叩く。誰もいない真夏のプールでひとり、少女は空を見上げてため息を漏らした。

 ため息の原因は、知ってる足音にある。


「……おい、連絡くらい返せや」


 呆れた音色が、プールサイドに響いた。

 開口一番、少女に文句を言う青年。しかし、少女は見向きもせず、ぼーっと晴天を眺めて意図的に無視をする。これはいつものことであった。


「なに」
「プリント」
「鞄、そっち」
「人を顎で使うな」


 担任から託されたプリントを届けに来たのだろう。

 二人の関係性を表す最適な言葉は、クラスメイトだ。恋人でも友人でもなく、ただのクラスメイト。それ以上も以下もない。


「あー、くそあちぃ」
「なにこのタオル」
「黙って頭に乗せてろ」
「使用済みタオル?」
「未使用だっつの。清潔だわ」
「ふぅん」


 少女の頭にぽすんと置かれたタオル。

 気が回る青年は、無頓着すぎる少女を前にため息を吐いた。学年トップの頭脳があるのに、なぜ少女はこんなにも危機感がないのか。成績が中の中である青年には理解できない。今どき小学生でも熱中症対策をしてるというのに。


「ぬるい」
「プールで足湯してんなよ」


 呑気な少女の隣に腰を下ろした青年は、日の下に晒された真っ白な足を見て、勿体ないと心の中で呟いた。


「日焼け止めは」
「塗ってると思う?」
「だよな」


 少女の返答は予想通り。少しばかり期待した青年が愚かであった。