遣らずの雨 下

病院は好きじゃなかった‥‥‥


ベッドや、無機質な部屋も‥‥


でも今日、病室で大切な人と過ごした
この時間のおかげで、辛かった15年間が塗り替えられた気がする


あれから警察の人が何度か工房を訪れ、
話をする機会もあったけど、工房の
掃除を羽鳥さんと柿添さんにも手伝って
貰いながら、凪の帰りをみんなで首を
長くして待っていた。


「忘れ物はない?」

『ん‥‥やっと帰れるな。』


10日間を病院で過ごし、頭部と右手の創傷部分の抜糸を終えた凪は、リハビリを含めた傷の経過を通院にし、ようやく
退院の日を迎えたのだ


「‥痛む?」

抜糸はしたものの、傷が深かった為
まだぐるぐるに包帯が巻かれた右手に
そっと触れる。


『心配すんな‥‥』


「うん‥‥分かったよ。」


荷物を運ぶのを手伝い会計を済ませると、駐車場で待っていた羽鳥さんが
車から降りて手伝ってくれた。


『思ったよりやつれてないな。』


『ハッ‥‥やつれてる暇はねぇよ。
 暇すぎて筋トレしてたからな。』


えっ!?

頭も右手も縫ってたのに!?


暇なのは分かるけれど、まさか凪が
そんなことをして過ごしていたなんて
知らなくて驚いてしまう‥‥


底なしの体力の持ち主だとは思っては
いたけれど、凪には休息という時間は
いらないのだろうか‥‥


『皐月ちゃん3人でランチしてから
 帰ろう。きっと健康な病院食生活で
 味濃いものが食べたくなってる
 だろうから。』


『分かってんなら連れてけ。』


助手席にどかっと座る凪に苦笑いが
出つつも言葉に甘えて、素敵な
イタリアンレストランに連れて行って
貰い、工房まで送り届けてもらった。


『植物の手入れしてくれてたんだな。
 サンキュ‥‥。』


懐かしいものを見るかのように、
建物を見上げた凪は、工房のシャッター
を自動で開けると、その場から中を
ジッと見つめた。


「凪?」


『暫くはリハビリがてら道具の手入れ
 でもするしかねぇな。』


ズキン


私が傷ついてる場合じゃないけれど、
好きなことが出来ない辛さが伝わり、
胸がギュッと締め付けられてしまう


こうして帰って来れたことを嬉しく
思う反面、凪にとってはツラい場所に
ならなければいいと願う。


そしてまたここで、イキイキと家具を
作る凪が見れる日が来ることを願い、
凪の背中に抱きついた。


『‥‥お前には弱音が出るな。』


「出していいよ。そしたらまた
 こうして凪のことを真っ先に
 抱きしめるから‥‥。」


『フッ‥‥それは心強いな‥‥。』