遣らずの雨 下

返事をしたいのに、なにものにも変え
られない感動と幸福感で言葉に詰まる


『フッ‥‥泣いてちゃ分かんねぇ。
 こっち見ろ。』


そんなこと言われても‥‥‥
憧れていた好きな人からのプロポーズを
生きてて自分がされるなんて思っても
みなかったんだよ?


こんなの‥‥幸せすぎて罰が当たらないか怖くなる‥‥


滲んだ視界の先に見える凪の顔を、
私はきっとずっと忘れることはない。


泣きながら笑顔を見せると、
子供のように嬉しそうに笑った彼が
私を引き寄せ強く抱きしめた。


皐月‥‥‥
私‥‥あなたに命を与えてもらって、
生きてきたことに意味があったって
思う‥‥。


どんなに願っても、皐月はもう
この世に生き返らないけれど、紗英として生きてきた私が皐月として歩むこの
人生に後悔はない。


だって‥‥今‥とても幸せを感じてる


「凪‥‥」


『ん?』


「‥‥‥私ね‥‥本当は紗英っていう
 名前なんだ。」


私をまっすぐ見てくれた凪には、
この事を伝えないといけないと思った。


こんな関係にならなければ、きっと
一生言わずに生きていただろう。


でも、皐月として生きている事を
後悔していないからこそ、15年間
必死に病院で生きていた紗英のことを
知って欲しかったのだ。


最初はびっくりしていた凪だったけど、
私の手を握り、最後までちゃんと目を
逸らさず聞いてくれた。


『‥‥‥俺に話せて皐月が後悔してねぇ
 ならそれでいい。お前が紗英だろうと
 皐月だろうと他の名前だろうと、俺の
 気持ちは変わんねぇ‥‥。
 何度も言うが、俺はお前だから
 側にいたいと思ってる。』


凪‥‥‥‥。


ありがとう‥‥‥。
傷痕のことだけじゃなく、私のことを
全部受け止めてくれて‥‥‥。


包帯が分厚く巻かれた凪の右手が
私の頬に触れ、その手に自分の手を
重ねる


凪の手がどうなるかなんてまだ誰にも
分からない‥‥‥


それでも、凪が言ったように、この先の
未来よりも今をどう生きるかを大切に
限られた時間を過ごしたい。



「‥‥帰ってきたら何が食べたい?」


『フッ‥‥そうだな‥‥。
 お前と食べるなら何でも美味いから
 任せるよ。あとは‥‥‥この続きを
 覚悟しとけ‥‥。』 


ドクン