遣らずの雨 下

代行で帰ることは聞いてたけど、
一緒に帰るとは言われてない気がする‥

凪は言葉数が極端に少ないから、
こういう誤解がよくあるのだ。


『なーぎー』


『行かねぇし‥俺は帰るから。』


『えっ!?凪!行かないの!?』


『嘘でしょ‥ッ‥前は家に帰るのだって
 嫌がってたのに‥‥』


えっ?




『お前ら昔のことをいつまでも
 言うのをやめろよ‥‥。
 皐月‥代行来たから帰るぞ‥‥』


「えっ?あ‥‥う、うん。」


パッと取られた手を握られて手を繋ぐと
茉美さんと莉奈さんに頭を下げてから
車の後部座席に乗り込んだ。


本当にこのまま帰っていいのかな‥‥


それでも凪に何も言えない私は、
ずっと繋がれた手に気付きそっと
手を離そうとすると、逆に
もう一度強く手を握られた


「ッ‥凪‥‥‥なんで怒ってるの?」


隣を見ると、酔っているのか機嫌が
悪いのか、目を閉じたままの凪が
うっすら切れ長の瞳を開けて私を見る


冷たいひんやりとした手‥‥‥
そこに私の体温がうつればいいのにと
思えてしまう


『怒ってねぇよ‥‥。』


「それならいいけど‥」


静かな車内でそれ以上なにも話さな
かったけど、手だけはずっとそのまま
で凪は瞳を閉じたままだった



「それじゃ‥‥おやすみ‥‥。」


『すぐ寝ないならちょっと付き合え。』


「えっ?何?」


一度離れた手をまた掴まれると、
工場の裏に向かって歩く凪が倉庫の
鍵を開けて電気を付けた。


『入れよ。』


「ッ‥いいよ、話ならここで聞くし。」


『‥‥‥お前さ‥その生き方してて
 息苦しいだろ。』


ドクン


何かを否定されたわけじゃないのに、
大きな溜め息を吐かれた瞬間に怖くなり
繋がれていた手をパッと放す。


この気持ちを凪に分かってもらおうとも思ってない‥‥。
私が生きて来た苦しさや悲しみは
知らない人には全く関係ないのだから


「‥もう寝るから行く。」


『フッ‥‥また逃げる‥‥。あのさ、
 お前には本音で飛び込める相手が
 いないのか?』


背を向けた瞬間に鼻で笑われたことに
何故か無性に腹が立ち、両手を強く
握り締める
 


「大丈夫‥‥それでも生きていける
 から。凪には関係ない。」


『ああ、そうだな‥‥関係ないね。
 お前が眠れずに目の下にクマを作って
 ようが、これから先もずっと1人でも
 な?1度しかない人生をそうやって
 生きて最後に思い残すことが
 ないのならそれでいいんじゃね?』


思い残すこと‥‥そんなのきっと
数えきれないほどあると思う。


キツイ事を言った後なのに、
優しく後ろから頭に触れて来た手が
そこを撫でてくると、目頭が一気に
熱くなり必死で涙を堪える


言われなくても分かってる。
何も変われていない自分と、変わろうとしない自分に酷く苛立ってることくらい