遣らずの雨 下

駄目だ‥‥‥


気持ちが整理できていたと思って
いたのに、いざ本人を前にすると、
心が掻き乱されてしまう‥‥


凪のことが大切で愛しいのに、
こんな感情を持つなんて‥最低だ‥‥


『新名!!』


暑い中早歩きで駅に向かい、改札口を
通ろうとしたその時、背後から手首を
掴まれ立ち止まる


‥‥なんでいつもこうなるんだろ‥‥


放っておいて欲しい時に限って、
私の中に踏み込んでくる酒向さんに、
時が止まったように動けない‥‥


『‥‥誤解されたままだと嫌だから
 これだけは伝えておく。
 紫乃を1人には出来ないとは言ったが
 それは彼女が落ち着いて暮らせるまで
 支えたいと思ったからそばにいた。
 でも‥‥付き合ってはいない。』


‥‥‥‥えっ?


付き合って‥ないって‥‥嘘‥‥‥


放心状態で手を繋がれると、邪魔にならない場所まで移動し、働かない頭で
色々と考えていた‥‥


『新名を困らせるためにこれ以上は
 言わない。
 君はもう前に進んでるし、
 それは分かってる。
 紫乃にも最初にちゃんと俺の気持ちは
 伝えてあったんだよ。
 俺ももう前に進んでると。』


「ッ‥‥‥
 じゃあ‥あのテーブルと椅子は?
 どうして凪のお店に来たんですか?」


紫乃さんと使って貰えるといいなって
願いを込めて送り出したのに‥‥
居ないならオーダーなんてしなくても
良かったんじゃないの?


頭が混乱して胸が苦しくなる‥‥


ぐちゃぐちゃな気持ちが入り混じる。


幸せって言ってたのは嘘なの?


あなたの幸せを願い去ったのに?


『‥‥‥新名にただ会いたかったんだ』


ドクン


何‥‥言って‥‥‥


「離してください」


『新名‥』


「私は‥‥会いたくなかった‥‥。
 こんな気持ちは知らないまま、
 酒向さんが幸せならいいって‥‥ッ。
 ‥‥‥帰ります‥‥静岡に。
 凪が待ってるんです‥‥」


勢いよくその手を振り払うと、
頭を下げてから振り返ることなく
改札口をくぐり抜ける


‥‥早く凪に会いたい‥‥
そう思いながら名古屋駅に着くと、
すぐにスマホから凪に電話をかけた。



凪‥‥‥助けて‥‥‥


『(もしもし)』


「ッ‥凪‥‥今から帰るから、
 また着く前に電話する‥‥」


たった一言なのに、この声を聞くだけで
締め付けられていた心臓が緩んでいく