遣らずの雨 下

『おい‥お前さ、踏み台登るんだから
 着る服考えろよ。』


えっ?‥‥‥着る服?


『‥‥さっきの客、お前が脚立に登ると
 すぐに後ろから覗いてた‥‥』


嘘!!?


驚いて両手で口元を押さえつつも、
そう言えば、登る時は横にいたのに、
降りる時は背後にいた‥‥


「で、でもこれ膝上のショートパンツ
 だし中なんて見えないよ。」


『中とか外とかじゃねぇだろ‥‥。
 男なんて生足見たら十分興奮する
 生き物だって‥‥』


生足って‥‥。
私みたいな貧相な足なんて見ても
興奮しないと思うんだけど‥‥


「心配しすぎだって‥私なんか
 モテたことだってないからさ。」


つかささんや、スタイルが良い人なら
まだしも、モヤシ体型の私なんて
下手したら小学生と変わらない気もする


『そういう問題じゃねぇ‥。
 お前は女だろ‥‥何かあった時
 男の力に立ち向かえないなら
 気をつけろって言ってんの。
 襲われたいなら別だけど?』


バンっと音を立てて工房のドアを閉める
凪に、何故だか腹が立ってしまう


確かにさっきの人は挙動不審な感じも
あったけど、お客様なのに‥‥


大きく溜め息を吐きつつも、事務仕事を
こなしながら接客を続け、声もかけずに
出掛けて行った凪に余計に苛立った


心配して言ってくれてるのは
分かってるけど、言い方がキツかった
気がする‥‥


「はぁ‥‥」


帰ってきたら謝ろう‥‥‥。
こんな空気が明日も続くのは
ツラいから‥‥


チリンチリン


「いらっしゃいませ‥‥‥」


えっ!?


あと少しでお店を閉める時間に開いた
扉に慌てて立ち上がると、数時間前に
会ったばかりの例のお客様の姿に驚き
つつも笑顔で頭を下げた。


1日に2回も訪れるお客様なんて
滅多にいない‥‥


どうしよう‥‥‥‥凪は居ないし、
立ち位置的に逃げ場がない‥‥


あんな事言うから、変な目で見ては
いけないと思いつつも、そういう目で
見てしまう


「あの‥‥何かお探しですか?」


無意識にカウンターの下に置いたままの
スマホを凪に発信し、その場を離れる


『‥‥‥アイツは君の恋人?』


‥‥‥えっ?


ジリジリと近寄る相手に、クーラーが
効いた店内なのに冷や汗がオデコに滲む


アイツって‥‥凪の事だよね‥‥‥


「ど、どなたのことか分かりませんが、
 ご用がないようでしたら閉店時間
 ですのでお引き取り願えますか?」