遣らずの雨 下

『ここでいいのか?』


「はい‥。酒向さん‥‥忙しいのに
 私に会いに来てくださって嬉しかった
 です。ケーキも‥‥ありがとう
 ございます。」


『平気だよ。自分がしたくてしたことだ
 から。新名‥またいつか会おう‥。
 それまで元気でいるんだよ?』


「はい、酒向さんも。」


工房の下まで送ってもらい、最後に
握手を交わすと、車が見えなくなるまで
ずっと見送った。


「ふぅ‥‥‥帰ろう‥‥」


両手でケーキの箱を抱えながら
工房に向かう坂をゆっくり歩くと、
登り切る直前に見えた人影に、足が
ピタリと固まった


「‥‥‥‥ッ‥凪‥‥ただいま‥」


工房前に置かれたベンチに座る凪が
私に気付くと、立ち上がりゆっくりと
こちらに向かって歩いてくると、
泣き腫らして酷い顔であろう私の
目元を指でなぞりフッと鼻で笑って
くれた。



『おかえり‥‥‥遅ぇよ。』


ドクン



「そ、そんなに遅くないでしょ?
 ケーキ貰ったんだ。一緒に食べる?
 私さ、明日誕生日なんだ‥‥」


もう涙は出ないと思ってたのに、
目頭が熱くなると、凪が片手で私を
引き寄せ、その胸にそっともたれた。


『祝ってやるよ‥‥。』


「ッ‥‥うん‥‥ありがと‥。」


『ほら、行くぞ。腹減った。』


「ふふ‥‥実は私も‥‥。」


一歩、本当の意味で前に進めた日。


そした26歳最後の日。凪の腕の中で
笑えたこの日をずっと忘れずに
生きていきたい‥‥


酒向さんにも、凪にも胸が張れる
自分を明日から見てもらえるように、
私らしく頑張るから‥‥。


「あ、あのさ‥我儘言ってもいい?」


『なんだよ?』


「凪の誕生日も一緒にお祝いさせて
 欲しい‥‥ダメ‥かな‥?」


一緒に住んでるだけで、彼女や友達でも
ないのに、誕生日を祝ってもらえる
幸せを凪にもお返ししたい。


友達が沢山いる凪の事だから、
難しいかもしれないけれど、10分でも
可能ならおめでとうと伝えたい。


今日酒向さんと向き合えたのは、
凪が居たことが大きいって分かってる
から‥‥


『フッ‥‥‥好きにしろよ。』


「うん‥‥そうする。」


凪らしい答え方に、面白くて笑って
しまうと、凪も珍しく声を出して
笑ってくれた


酒向さんと紫乃さんの2人は、
私のとって入院中に読んでいた純愛を
テーマにした主人公の2人のようで、
悲しい気持ちよりも、そんな2人が
また奇跡のように出会えたことが
嬉しいと今は思えている


私も‥‥またいつか誰かを愛する日が
来るだろうか‥‥


もしそんな日が来たら、今度は本当の
私を見て欲しい‥‥