遣らずの雨 下

泣きそうな顔の酒向さんに、
また胸が締め付けられてゆく‥‥


「‥ッ‥人と関わるのが怖くて、
 いつ死ぬかも分からない自分が
 幸せになれない‥‥って思ってた。
 私を変えてくれたのは
 他でもない‥‥酒向さんです。
 そんなの‥‥言わなくても全部
 本当だったと分かってるに決まって
 るじゃないですか‥‥。私‥‥
 本当に幸せでしたから‥‥。」


『新名‥‥』


「酒向さん‥‥私も同じです。
 迷惑も沢山かけて困らせてしまい
 ましたが、向き合った時間は全部
 本当の気持ちです‥‥。
 ただ‥‥最後は‥‥嘘をつきました。
 本当はずっと一緒に‥いたかっ‥‥」



言ったら困らせるって分かってても、
最後は本音を伝えたかった。


私も何一つ嘘がない私を見せたかった
から‥‥‥


隣から伸びてきた腕に引き寄せられ
腕の中に抱き締められると、我慢
しきれずまた涙が溢れ出す


あの日酒向さんに抱いてもらえて、
本当に幸せしかなくて、生きてきて
誰かの温もりをあんなに近く感じられる
日が来るなんて思ってなかった‥‥


これからも酒向さんと働いて、
あの家で一緒に食事を作って一緒に
沢山眠りたかった‥‥


『ッ‥‥‥ごめん‥‥‥
 君が大切なのに、紫乃を思う気持ちも
 嘘じゃない‥‥』


答えたいのに涙が止まらず、腕の中で
何度も縦に首を振るしか出来ない私を、
抱き締めてくれる優しさがツラい‥‥


それでもこの人を拒絶することも
私には出来ない‥‥‥


それぐらい大切で、愛しいと思えた
人だから‥‥‥。





「酒向さん‥‥グスッ‥‥紫乃さんが
 待ってるから早く帰ってあげて
 ください。」


『新名‥‥』


目元をグッと押さえると、悲しそうな
顔をする酒向さんに精一杯の笑顔を
向ける。


「私‥‥酒向さんの事は上司として、
 人としてずっと尊敬してます。
 私に生きる希望をくださって本当に
 ありがとうございます。」


もう一度笑顔で真っ直ぐ前を向き
伝えると、酒向さんが目元を押さえて
から笑顔を返してくれた。


良かった‥‥‥。


2人とも笑顔になれて、これで本当に
前に進んでいけそうだ‥‥


そばにいる事が全てじゃない‥‥。
離れていても、大切な人の幸せは
同じように願う事が出来る。


皐月‥‥。
どうか、酒向さんと紫乃さんがずっと
一緒にこれからもいられるように私と
見守ってください。