遣らずの雨 下

ひとしきり泣いた私が落ち着くと、
酒向さんが珈琲を飲みながら私の頭を
軽く撫でてくれた。


『紫乃の話をしていないままだった
 からちゃんと話をしたかったんだ。
 無理にとは言わないが、聞いて
 くれないだろうか?』


ドクン


逃げては駄目‥‥‥。


酒向さんの元を去る前にも、
紫乃さんのことを私に話したいと
言っていたのに、あの時は聞く勇気が
とても持てなかった。


でも‥今は不思議だけど、聞ける‥‥
そう思えたんだ‥‥


「はい‥‥大丈夫です。」


『ありがとう‥‥。
 紫乃とはね‥大学生の時に出会って
 7年付き合ってたんだ。』


7年‥‥‥。
それだけで、たった半年酒向さんと
向き合った私の時間なんて微々たる
時間に思えてしまう


『もうそろそろ収入も安定してきたから
 とプロポーズをしてね。
 この先も彼女といるものだとずっと
 思っていたよ。でもね、彼女の父親
 は政治家で、母親は弁護士と厳しく、
 ただのマーケティング部の俺との
 結婚は許してもらえるわけもなく
 ずっと反対されていた。紫乃も母親と
 同じ弁護士の道を歩んでいたからね。
 彼女は反対されても早く結婚したい
 思いを伝えてくれたが、俺はやっぱり
 認めてもらった上で紫乃と結婚
 したかった。』


酒向さん‥‥‥


私からしたら、マーケティング部の主任
で、本社で数字を伸ばしてきた主要
メンバーというだけでも、すごい方だと
感じるのに‥‥


『そんな矢先、出張から戻ると電話が
 繋がらなくて、彼女の家に向かったら
 事故に遭い紫乃が亡くなったと
 ただそれだけを言われた。‥その後
 何度も尋ねたが、詳細も何もわから
 なかったが、紫乃がここに居ないと
 いう事だけはずっと家のそばで
 何日も待っていたから分かってた。
 紫乃の友人や会社の人に聞いても
 みんな何も知らなくて絶望したよ。』


それが紫乃さんが言っていた事だった
んだ‥‥。


4年近く昏睡状態に陥り、ようやく
目が覚めたのに、酒向さんはもう
とっくに別れて別の道を歩んでいると
聞かされたと‥‥。



娘の幸せを願う親の気持ちも分かる
けれど、紫乃さんの人生は紫乃さん
だけのものなのに‥‥酷い‥‥


『あとは、放心状態で無気力だった
 俺が君に救われ、名古屋に来たと
 言うわけだ。』


「ッ‥ありがとうございます‥‥‥。
 話してくださって嬉しいです。」


涙がまた流れ落ちそうになり、
慌ててハンカチで目元を押さえる


『新名‥‥俺は君のことを誰よりも
 大切にしたいと思った気持ちに
 何一つ嘘はない。それだけは
 信じてもらえるだろうか‥‥。』