君のせいで遠回りする



すっと私を追い越した氷上くんが、傘を開く。


バサッと音を立てて広がった濃紺は、折りたたみ傘にしては大きくて、2人で入ったとしても、十分雨よけになってくれそうだった。




駅まで、入れてくれないかな。

とっさに呼び止めかけて、ハッとして口をつぐんだ。



言えるわけない、そんなずうずうしいこと。

これ以上、迷惑かけられないよ。




相合傘は諦めて、雨の中に吸い込まれていく背中をぼんやりと眺めていると。

突然、氷上くんが傘を閉じて、Uターン。なぜか、昇降口に戻ってきた。



「……?」



そのまま、氷上くんはつかつかと真っ直ぐ私に歩み寄ってくる。

急に目の前まで近づいた氷上くんに困惑していると、手に何かを押しつけられた。




「わっ!?」




な、なに……?

びっくりした衝動で瞑った目をおそるおそる開くと、無理やり持たされたものの正体が、氷上くんがさっきまで持っていたネイビーの傘だとわかる。


どうして、と考えて。



「……!」



もしかして、と息を呑む。

私が傘を持ってないって気づいて、貸してくれたってこと……?



私の存在になんて気づいてないと思ってた。

声のひとつもかけずに横を素通りしていったから、視界にすら入っていないんだと思った、のに。



お礼を言わなきゃ、と顔を上げた私はぎょっとした。


氷上くんはもうそこにいなかった────どころか、その後ろ姿は、傘も差さずにどしゃ降りの雨の中に飛び込んでいったのだ。