君のせいで遠回りする

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日当たりの悪い北棟(きたとう)

5月とは思えないほどキンと冷たい空気に、思わず身ぶるいする。

足音がやけに響いて聞こえる廊下は、うす暗くひっそりとしていた。



ずんずん歩いて、3階の突き当たりに目当ての教室を見つけて、ほっと息をつく。

────よかった、迷子にならずにすんで!



なにしろ、北棟に足を踏み入れたのは、これが初めてなんだもん。

教室は1年生から3年生まで全部、南棟(みなみとう)にあるから、なにか特別な用事がない限り、こっちの棟に来ることなんてないの。今日だって、たまたま──……。



いけない、考え事をしてる場合じゃ。
早く用事を片して、帰らなきゃ。
明日の朝練も早いんだし。よし。



しゃんと背中を伸ばして、クリーム色の引き戸に手を伸ばす。

コン、コン、コン、と3回ノックすると、一呼吸おいて、中から返事が聞こえる。



「どうぞ」



抑揚と温度のない声。

まるで、ノックに反応してそういう風に答えるプログラムが組まれているかのような機械的な返答におののきつつ、扉に手をかける。



「あの、失礼します」



引き戸は思ったよりも重かった。

ふんっ、と力を入れてこじ開けると、変に勢いがついて、ガラガラッと派手な音を立てながら開く。


蛍光灯の白い光の眩しさに、目を細めて。


それから私の視界に一番に飛び込んできたのは、グレーの事務机の上に、今にも雪崩が起きそうなほどうずたかく積み上がった書類の山。


それから、その奥の椅子に姿勢正しく座る男の子。

彼のつややかな漆黒の髪、伏した長いまつ毛、なめらかな肌、骨ばった手。



ネクタイの結び目から、ペンを持つ指の関節の曲がり方まで、すべてがきちんとしていて────……この張りつめた清廉な空気を壊してしまうのではないかと思うと恐ろしく。


声を出すのもためらわれて、口をはくはくと開閉させていると、彼────氷上(ひかみ)くんの方から問いかけられた。