あれから、わたしは新しい学校で楽しく過ごしている。
 そして、お母さんとの関係も良くなった。
 それに、一番嬉しいのは、桃音ちゃんと遊ぶようになったことだった。
 あと、新しい学校に、友だちができた。その子は和葉ちゃん。優しくて、穏やかで、本が好きな子。
 その子と過ごす時間も、幸せだった。

「ねえ、ももちゃん、今日なに借りたの?」
 帰り道、和葉ちゃんがきいてきた。
「えっとね、今日もももの冒険!和葉ちゃんも読んでよ。面白いから。」
 わたしが興奮しきっていうと、和葉ちゃんはくすっと笑った。
「本当好きだね。まだ続いてるの?」
「うん。もう、100巻とかかな?」
「凄っ!いつか読んでみたいな〜」
「読んでー!」

 と、喋っていると、和葉ちゃんの弟連れのお母さんが迎えにきた。
「あ、じゃあね。また明日!」
「うん…」
 和葉ちゃんがいった。
 あれ、なんだか元気ない?
 と思っていると、もう連れてかれていた。
 気のせい…考えすぎ?
 そう思い、わたしも家に帰った。

 夜、お母さんに夕方のことを相談してみた。
 すると、お母さんはうーんとした顔をして、いった。
「気のせいかもしれないけど、分からないもんね。よし、明日は私も一緒に帰るわ。学校の下で待ってる。」
 そういってくれれば、安心だ。
「うん。ありがとう。よろそくね!」

 次の学校の帰り。
 学校の坂が終わり、階段を下ると、予定通りお母さんがいた。
 和葉ちゃんは、珍しそうにわたしのお母さんを見た。
「あれ、お母さん?珍しいね。」
「ああ、買い物帰りなんだと思う。偶然だし、一緒帰ろうか誘おう。」
 ウソをついて、和葉ちゃんとお母さんのところへ行った。
「え、あれ?ふたりも帰り?」
 お母さんが驚いたようにいう。お母さん演技うまいな。これなら怪しまれない。
「あっお母さん!偶然だねー、せっかくだし、一緒帰ろうよ。」
「うん、いいわよ。」

 これで作戦成功。後は和葉ちゃんのお母さんのところまで歩くだけ。

 しばらく、普通に3人でお喋りを楽しんだ。

「あっ和葉あ。」
 お母さんがきた。
 和葉ちゃんをみると…やっぱり、元気がなくなってる!
 お母さんが、和葉ちゃんのお母さんを止めた。
「あ、あの、家へ上がってもいいでしょうか?」
「え?」和葉ちゃん母は驚いていた。まあ、ムリもないだろう。和葉ちゃんも驚いていた。
「い、いいですけど…こっちです。」
 案内された家は、普通の家だった。
 中へ入っても、特別おかしいところはなかった。
 じゃあ、和葉ちゃんはどうして元気がないのだろう…?
 すぐに、理由がわかった。
 奥の部屋は、凄いタバコ臭と、お酒の匂いだった。
 入る前から頭がクラクラした。
「えっと…ココは?」
 お母さんがきいた。
「ココはお父さんの部屋です。」
 和葉ちゃん母がこたえた。
 あきらかに、ココへ来て和葉ちゃんの血相が変わった。
 だから、元気のない理由は、お父さんとみて間違いなさそうだ。
 和葉ちゃん母がドアを開けると、やばい部屋があった。
 深く書かないでおこう。
「なんの用だ?」お父さんらしき男がこちらにむかって叫ぶ。
 思わず、耳をふさいだ。
 和葉ちゃんが、一目散に逃げていく。
 これは、逃げたくもなるだろう。わたしも逃げたかったが、母に止められた。
 和葉ちゃん母の声と、大きい男の声がきこえてくる。
 和葉ちゃん母にわたしたちは、リビングは連れていかれた。
 わたしはホッとした。地獄みたいなところから避難できたからね。

 ちょっとして、和葉ちゃん母が戻ってきた。
 すぐに、わたしのお母さんがきいた。
「あのお父さんって、アナタのお父さんですか?それとも、和葉ちゃんの?」
「私の父です。」和葉ちゃん母がいった。
「ずっとあんなんなの、?」
 わたしはコッソリ和葉ちゃんにきいた。
 和葉ちゃんは小さくうなずいた。
 そりゃあ、元気もなくなる、と思った。
「あの、お父さんって、介護施設に行ってもらったりできませんかね、?」
 わたしのお母さんがきいた。
「えっと、一回行ってたんですけど、ずっとあんな感じで追いだされてしまいまして。」
 わたしはでしょうね、と思った。きっとお母さんも思っただろう。
「あの、あの人がココにいたら危ない気がする…」ポツンといったわたしの言葉に、みんな反応した。
 そして、向こうから大きなくしゃみがきこえた。
「どうして?」和葉ちゃん母が驚いていった。
「だって、」わたしはいった。「和葉ちゃん、イヤがってるし、あんな性格だから、暴力したりするんじゃないですか。」
 和葉ちゃん母は黙ってしまった。きっと、そうなのだろう。
「あの、おばあちゃんはいないんですか。」わたしが聞くと、場が凍りついた。あ、聞いちゃダメだったかな?
「おばあちゃんはも亡くなっていて…」
 和葉ちゃん母がうつむいていった。
「そうですか…じゃあ、別に住むことはムリですね…」わたしがいうと、和葉ちゃんがしゅんとした。
「和葉、しょうがないでしょ。」和葉ちゃん母が和葉ちゃんに向かっていった。
「おじいちゃんはもう歳なんだから、私たちがお世話してあげないと。」
 和葉ちゃんは泣きそうになっていた。
 和葉ちゃん母は、和葉ちゃんを殴ろうとした。
 素早く、わたしのお母さんがその手を止めた。
「いいですか。ちょっと、別で話しましょう。」
 そうして、和葉ちゃん母を連れていこうとする母に、素早くいった。
「あの、和葉ちゃんをウチに連れていっていいかな。」
 お母さんはニッコリすると、「もちろん。」といった。

 泣いてる和葉ちゃんを連れて、わたしは家へ走った。

 走ったからか、あっという間に家に着いた。

 そして、わたしの部屋へ連れていった。
 ふう、と息を吐いた。
 ようやく、ホッとできる。
 和葉ちゃんは、まだ泣いていた。
 泣き止むまで、わたしはなにもしなかった。
 和葉ちゃんの泣き声を聞きながら、考えごとをしていた。
 和葉ちゃんの家族はあんななのか…
 お母さんはいい人だと思ったのに、あんなことするなんて…
 きっと、相当おじいちゃんのことでストレスがあるのかな…大変そうだけど、だからといって我が子に八つ当たりするなんて…
 気がつくと、和葉ちゃんの泣き声が止まっていた。落ち着いたようだった。
「どう?もうだいじょうぶ?」わたしが聞くと、和葉ちゃんは笑ってこたえた。
「うん。ありがとう!さっきのももちゃん、カッコよかったよ。」
「えっ?!」驚いてつい大声を出してしまった。「ごめん、ビックリして…」
 和葉ちゃんはニコニコしていた。
 ああ、弱虫のわたしが、カッコいいなんていってもらえる日がくるなんて…
 少しでも、憧れの桃音ちゃんに近づけているのかな。
 いいや、まだまだだな。桃音ちゃんは、いじめっ子たちに、面と向かって闘ってくれたんだもんな。
 そんなこと、まだ今のわたしはできない。
「ももちゃん?」和葉ちゃんの声で、ハッと我にかえった。
「ど、どうしたの?」
「いや、ボーッとしてたからさ。」
「違うよ、考えごとしてたの!」

 と、その時ガチャっという音がした。
 和葉ちゃんと下へ行くと、お母さんが帰ってきていた。
「和葉ちゃん、しばらくウチに泊まって。あの家は危ない。」
 と、うしろから、弟くんが出てきた。
「典!」和葉ちゃんが嬉しそうにいった。
「よかった。でも、いいんですか。それに荷物が…」
 お母さんは、背負っているリュックを見せた。
 それは、お母さんのじゃなくて、和葉ちゃんのものだった。
「荷物持ってきたから。」お母さんがいった。
 和葉ちゃんは何度もお礼をいって、弟の典くんを連れて、わたしの部屋へ戻った。

 リュックから荷物を出すと、一緒に遊ぶことにした。
 家にひとりきりじゃないなんて、珍しくて嬉しかった。
 ゲームしたり、絵を描いたり、お喋りしたり…
 お母さんとはできない、本の話をしたりした。
 和葉ちゃんも、典くんも楽しそうで、よかったと思った。

 それから、4人での生活が始まった。
 ひとりっこのわたしにとって、姉弟ができたようで嬉しかった。
 お母さんも、自分の子どもが増えたみたいで嬉しいといっていた。


 そんな生活が、一カ月ちょっと続いた。
 ふたりを引き取ってくれる人が見つかったようだった。
 嬉しいような、寂しいような…わたしはなんともいえない気持ちになっていた。
 でも、ふたりにとっては、ものすごく嬉しいことのようで、大喜びしていた。
 お母さんも、少し寂しいようだった。

 いよいよ、今日はお別れの日。
 一カ月長かったような、短かったような…
 しみじみ思い返すと、色んなことがあった。
 一カ月だけだけど、充実した一カ月だったと思う。

 ふたりが喧嘩で靴を履き終えると、お母さんがいった。
「ふたりとも、元気でね。なにかあったらすぐももにいうのよ。ウチに来るのよ。」
 お母さんの言葉に、ふたりは笑っていた。
「はい。ありがとうございます!ほら、典もいって。」
 和葉ちゃんが典くんにいうと、典くんがいった。
「ありがとう!」
 ふふ、とわたしとお母さんが笑う。
「本当に助かりました。ももちゃんも、ありがとう。ももちゃんがいなかったら、わたしたち、ずっとあそこにいたのよね。」
 和葉ちゃんの言葉で、典くんが震えた。
「なーんて、冗談よ。でも、今みたいに幸せじゃなかったよね。」
 和葉ちゃんがいうと、典くんがうなずいた。
和葉ちゃんと典くんが手を繋ぐと、ドアのカギを開けた。
 ガチャッと音がして、外の冷たい朝の空気が入ってきた。
「じゃあ、また学校でね!」和葉ちゃんがいった。
「バイバイ!」続いて典くんがいった。
 お母さんがドアを閉めると、外の空気がなくなった。

 ガチャンという音がすると、完全にふたりの声が聞こえなくなった。

 お母さんとわたしの間で、しんみりした空気が流れた。
「行っちゃったね…」わたしがいうと、お母さんがうなずいた。

 自分の部屋へ行くと、シーンとしていた。
 ああ、寂しいな…
 ひとりで部屋に入っていくと、そう思った。
 慣れというのはこわいものだ。
 今じゃ、ふたりが部屋にいるのが当たり前になっているのだ。もう、いないのに。
 最初の方は、慣れなかった。それもそうだ、初めてのことだったし。
 友だちがいても、ウチに呼んだ子は少ない。というか、桃音ちゃんくらいだろうか?
 まあ、いとこだから当たり前だし、友だちというのにも抵抗があるけど。

 でも、ちょっとすると、ひとりに慣れた。
 やっぱり、ひとりが落ち着くな…
 と思った。
 やっぱり、わたしはひとりが好きなのだ。
 好き、というか、ずっとそうだったから落ち着く。
 和葉ちゃんたちにはまた学校で会えるし…
 そんなに、重く考えなくてもいいものだ。