1
私は不登校だ。
別に私は不登校についてなにも思ってないのだが、母は違う。
私に行ってほしいそうだ。
でも、行く気なんて今のところ1ミリもない。
そもそも、なんで学校に行かなくちゃいけないのだろう?
私は不思議でならない。
確かに、勉強は大切だし、運動もした方がいいけど…
ムリに行くところなのだろうか?
私のいとこに、同い年の女の子がいる。名前はももちゃん。
その子は学校にどうしても行きたくないのに、お母さんが許してくれなくて行ってるそうだ。
毎回、ももちゃんのお母さんに、納得できない。
だって、どうしても、なんだよ?それなのに、どうして許さないんだろう?
ついでにいうと、ももちゃんのお母さんは働いてない。だから、休んでもいいはずなのに。
聞くたびに、お母さんは「そんなこと、アナタが気にしなくていいの。」っていう。
いとこだし、私はももちゃんが大好きだから、気にしないわけない。
「気になるんです」といっても、ムシ。
ももちゃんのお母さんに比べたらウチの親はマシな方なのだろうか。
「今日も休むの?」ってあからさまに不機嫌できいてくるけど。
――
今日も、不機嫌な母に聞かれた。「今日も休む?」
私は返事の代わりにうなずいた。
それを見た母がため息をついて、学校へ連絡した。
最近では、学校への母の電話の声がマシになった。
最初の方は、声があからさまにイラついていた。(先生相手なのに)
電話が終わると、母がこちらを見た。
「ほら、行く準備しなさいよ。」
「はーい。」いわれなくても、今やろうとしてたのに……
リュックに、持っていくものを入れる。
私の母は普段は家で仕事しているのだが、今日は、珍しく外での仕事。
そのため、私はいとこの家へ行く。ちなみに、おばあちゃんの家は遠い。
準備が終わると、母と一緒に外へ出た。
外は風があって、気持ちいい気温だった。
いとこの家は近い。歩いて10分もかからない。
歩いているときは、基本喋らない。母以外でも。
あっという間にいとこの家に着いた。
いとこは、アパートに住んでいる。
その、4階。
階段が結構キツイ。
ようやく着くと、お母さんがチャイムを鳴らした。
ちょっとしてから、ドアが開いた。
「あ、いらっしゃい。」ももちゃん母が中から出てきた。機嫌がいいのか、ニコニコしていた。
「おはようございます。桃音をよろしくお願いします。」母がペコリとした。
私も「おはようございます。」と挨拶した。
私が家へ上がると、母は帰っていった。
ももちゃん母が、ドアをガチャンと閉めた。
途端に、ももちゃん母から笑顔が消えた。
ああ、そうか、母がいたから、わざとニコニコしていたのか…と思った。
「あ、おじゃまします。」
私がそういっても、ももちゃん母はなにもいわなかった。
大人って凄い。だって、感情を隠せるから。ま、子どもの前だと油断して隠せてないけど。
観察力のいい私は分かっちゃうけどね。
ひとまず、私はももちゃんの部屋で過ごすことにした。
部屋を見てみた。
あんまり、ももちゃんの好きそうなものがない。
というか、物が少ない。基本的な物しか置かれていない。
ももちゃんは、いつもこんな部屋で過ごしているのか…しみじみ思った。
何回か来たことあるけど、こんなにちゃんと見たのは初めてかもしれない。
リュックから、持ってきたものを全部だした。
そして、ももちゃんのランドセル置き場に、リュックを置かせてもらった。
つくえに持ってきたタブレットを置くと、勉強し始めた。
そう、お母さんが誕生日に買ってくれて、勉強アプリも入れていた。
だから、最近はそれをずっとやっている。
全く学校に行かないし、先生が宿題を届けてくれるのを断っているから。
やることがアプリしかないわけ。
先生の申し出を断ったことを、母はまだ根にもっているらしい。私はなんとも思わないけど。
今日は、アプリで国語と算数をやることにした。
正直、6年生の勉強をひとりだやるのは難解。
でも、ひとりでやる他ないので、いつもひとりでやってる。
どーしても分からないときは、お母さんに教えてもらってるけど。
20分後――
ふう、やっと終わった…
のびをして、学習アプリを閉じた。
散らばっているものの中から、1冊の本を取った。
その本は、近くの図書館でかりたもの。
タイトルは…「ももの冒険」。
シリーズものらしくて、ももちゃんに教えてもらった。
ワクワクできて面白いから、オススメなんだそう。
今から読むのが楽しみだ。
ももちゃんは、いわゆる読書家というやつだ。
学校で毎日のように図書室に行き、読んでいるそう。
そんなももちゃんの影響で、私も本を読むようになった。
ももちゃんは、前こんなことをいっていた。
「学校でゆういつ楽しみなのは、図書室で本を読むことなの。図書室にはね、図書館ほどじゃないけど、たくさん本があるの!」
私の中で今も心に残っている一言。
楽しみがあるのはいいことだけど、ももちゃんはそれ以外は嫌なんだと思った。
本なら図書館でも読めるし、わざわざそれが学校へ行く理由にならない気がする。
部屋にももちゃんがいないので、今日も行っているようだった。
…ムリしてないだろうか?
ももちゃんは、昔から我慢ちゃう子だった。
ケガしても、「だいじょうぶ。全然!」とかいっていた。
だからこそ、学校でイヤなことがあっても、いえなさそう。
特に、ももちゃんのお母さんはあんなんだし。
私だったら、聞いてあげれるのに。
私がいるうちに帰ってきてくれるかな。
本を半分ほど読みおわると、ガチャっという音がした。
時計を見る。もうすぐで、12時30分。
まだ6年生はこの時間に帰ってくる。
私は近よってくる足音をきいていた。
ドアが開く。私の心臓の鼓動は速まっていった。
「ただいま。」
久しぶりの、ももちゃんの声。
ももちゃん。
私は、嬉しい叫びじゃなく、悲鳴に近い声をあげた。
だって、ももちゃんが傷だらけだったのだ。声も震えていた。
私はももちゃんにかけよった。
「どうしたの?」
でも、ももちゃんは泣くばかりだった。
きっと体が痛いんだ。
私は慌ててリュックから予備の絆創膏をだして、ももちゃんに貼った。
しばらくすると、治ってきたのか泣きやんだ。
そして、もう普通の声でいった。
「ありがとう、久しぶり、桃音ちゃん。」
今度こそ、嬉しい声を上げた。
でも、まずはなにがあったか知りたい。
「ねえ、どうしたの?どこかでつまずいて転んだの?お母さん、なにもいわなかったの。」
私は、ももちゃんが最初の質問に「うん。」といってほしかった。そうじゃなきゃ…
「ううん。」ももちゃんは悲しそうにいった。
私は絶望的だった。そして、おそろおそる聞いた。
「ももちゃん、私に隠してることあるでしょ?そのケガと関係あるんでしょ。」
ももちゃんはうなずいた。そして、いった。
「あるよ。クラスの子にいじめられてるの。ケガはうしろから押されて。」
私は泣きたくなった。辛いのはももちゃんなのに。
「そうなんだ…そのこと、お母さんにいった?」
「ううん。」
「じゃあ、誰かにいった?」
「桃音ちゃんがはじめて。」
「そっか…」
しばらく、沈黙が続いた。
2
「あのさ、」沈黙を私が破った。「それって、いつから?」
「うーん、2年生。」
ももちゃんの答えに驚いた。
「えっ、ウソでしょ?ずっとひとりで耐えてきたっていうの?」
私の声が震えた。聞くのがこわかった。
「うん。そうだよ。」
また、イヤな返事がきた。
「どうして私にいってくれなかったの?」
「だって、心配かけちゃうじゃん。」
「そんなことない!いってくれてよかったんだよ!」
「ありがとう!でも、いえなくて…」
「そっか…今日いってくれてよかった。このこと、先生は知ってるの?」
「いや、いってないから知らないと思う。」
「なるほど。とりあえず、お母さんにいいにいこう!」
「えっ?」
驚いているももちゃんを連れて、私はリビングにいった。
そこには、食器を洗っているももちゃん母がいた。
「あの!」私がいっても、ももちゃん母は黙って洗っていた。
「ももちゃん、最近おかしいと思いませんか?」
ようやく、返事がかえってきた。「おかしい?」
「そうです。」私は声を張り上げた。「様子が変だったりしませんか。」
また、返事はかえってこなかった。
「あの!!」私が叫ぶとももちゃん母は「うるさいわね、今忙しいのよ。」と怒鳴った。
ももちゃんが怯えて肩をすくめた。
「大事な話なんです!」私は叫んだ。
ももちゃん母は黙って食器を洗っている。
「ももちゃんが、学校でいじめられているんです!」
というと、ピタリと洗う音が止まった。
ももちゃん母が、こちらを見る。「今いったこと、本当?」じゃっかん、震え声だった。
「はい。」私はキッパリといった。「今日こんなに絆創膏しているのは、その子たちにケガさせられたらしくて。」
「ちょっとまって。」ももちゃんが割り込んできた。「ケガさせられたっていうか、背中を押されただけだよ。」
「もも、それをケガさせられたっていうのよ。」ももちゃん母がいった。もう、イラつきの顔ではなくなっていた。やっぱり、ももちゃん母は極悪人ではないのだ。こう、怒りやすいけど。
「今で気づけなくてごめん。洗い物終わったから、話を聞かせて。」ももちゃん母が真面目な顔でいった。
こんなももちゃん母を見たのは、初めてかもしれない。
基本、怒り顔や作り笑顔しかしないから。
三人でイスに座ると、ももちゃんが話し始めた。
内容は思っていたよりも酷くて、本当に許せなかった。
いい終わる頃、ももちゃんは泣いていた。きっと、いえてスッキリしているのだろう。
ももちゃん母が、優しくいった。「そうだったんだ。ごめんね、今までなにもいってあげられなくて。」
こんなお母さんが珍しいからか、ももちゃんは笑っていた。つられて、私も笑ってしまった。
笑われている本人も、少し笑っていた。
その後は、今後どうするかだった。
とにかく、ももちゃんは今行っている学校は辞めるそうだ。私もそれが一番だと思う。
でも…
「ねえ、いじめっ子たちにきちんと反省してほしくない?だからさ、いいかえしてやろうよ。ね?」
私はももちゃんにいってみた。
意外とももちゃんは乗り気なようだった。ももちゃん母は、驚いていた。
「その時私もついていくよ。ねっ」
ももちゃんはホッとしたようだった。お母さんの方は、まだ心配そうだけど。
そんなももちゃん母に、私はいった。
「ももちゃんのお母さん、アナタにも仕事がありますよ!それは、今回のことを学校側とかに伝えるんです!」
お母さんは、すぐに納得してくれた。
さっそく、明日転校するそうなので、明日の作戦をももちゃんと話した。
その後は、三人で昼食をした。
ももちゃん母は料理が上手で、今回もおいしかった。
ウチの母は料理が苦手で、いつも冷食ばかりだから、ももちゃんちで食べる料理は愛情を感じる。
食べおわった後は、自由時間。
ももちゃんと久しぶりに遊んで、最高な時間だった。
ちょうど5時の鐘が鳴ると同時に、ガチャっという音がした。
下にももちゃんと行くと、お母さんが迎えに来ていた。
「桃音、帰るわよ。」
お母さんはももちゃんを見つけると、驚いたようだった。
「あっ、ももちゃん久しぶり!元気だった?」
ももちゃんは、ニッコリして、「はい。」と、こたえた。
本当は違うのに、すぐこたえられて凄いと思った。
「よかった。さ、行くよ桃音。」
お母さんがいった。
私が靴をはくと、お母さんはカギを取りだして、ドアを開けた。
私は「おじゃましました。またね。」といってももちゃんに手をふった。
同じく、ももちゃんも手をふってくれた。
私はお母さんと手を繋いで帰った。
3
いよいよ、ももちゃんがいじめっ子たちと闘う時がきた。
私は、校舎の壁に隠れて見守っている。
やってきたのは、女の子ふたり、男の子ふたりの4人だった。
コイツらが、ももちゃんを…!
私は最初から居ても立っても居られない気になった。
リーダーらしき、ポニテの気の悪そうな女子がいった。
「で、なに話って?アンタと話すことなんかないわよ。せいぜい、テストのカンニングのことくらい?」
そばにいた子がクスクスと笑う。
ああ、なんなの!ももちゃんは、カンニングなんかしないのに。
思わず、足をだんだんしたかった。けど、バレちゃまずいので抑えた。
「カンニングなんかしてないよ。」ももちゃんがいう。
ポニテ女子はあざ笑った。「してるでしょお。じゃなきゃ、毎回100点なんか取れるものですか。」
「ちゃんと勉強してるもん。」ももちゃんがいいかえした。「塾に行ってるし…!」
「なにそれ、自慢?うっざ。」となりの女子がいった。
「ち、違うよ。カンニングしてるか疑ってきたから…!」ももちゃんが叫ぶ。
と、男の子ふたりが、ももちゃんからランドセルを取り上げようとした。
「なにやってんの!」私は思わず叫び、かけよった。
いじめっ子たちの、笑う声がピタリと止んだ。男子らも手を止めた。
リーダー女子がいう。「えー、なんか、ももちゃんがあたしらに暴力してきてえ。」
ももちゃんはビックリしていた。「え、違…っ」
私はリーダー女子をにらんだ。
「なに?なんであたしをにらむわけ?被害者なのに!」
そういうと、わざと痛そうなフリをした。
なんなの?
「私、ずっと見てたし、アンタらがももちゃんをいじめてたことも、知ってるよ。だって、私はももちゃんのいとこだからね。」私がキッパリいい放つと、いじめっ子たちはオロオロしていた。
なんだ、意外と弱いじゃん。
「あのね、話があるの。」特にリーダー女子をにらんでいった。
ももちゃんには、ココで待っててもらうようにいった。四人を、別のところへ連れていった。
「ももちゃん、転校するの。なんでだと思う?」
いじめっ子らは、一気に青ざめていった。
「分かんないわ。」リーダー女子がいった。その声は震えていた。
「そう。みんなわかってる通り、アンタたちのせいなの。」
私はいちいち声を張っていった。
そのたび、いじめっ子はビクッとしていた。
「ももちゃん、アンタらのせいで、学校に行くのがイヤだったんだって。
アンタたちは、なんでこんなことを?」
自分で、自分に驚いていた。
不登校で人との関わりがなくて、人見知りになっていたのに。
愛する人を守ろうと思うと、自然と勇気が出るものなのだな。
「だって、ズルいのよ!」
突然、リーダー女子が叫ぶと、他もあれこれいいだした。
「だって、毎回テストが100点。あたしはいくら頑張っても、100点いかないのに。100点じゃなきゃ、親には怒鳴られる、追い出される。ストレスが溜まっていたのよ。ももとかいう子が、羨ましくて、嫉しかったのよ!」
「アンタのいう通り確かに、ももちゃんは凄い。
羨ましくなるのも、分かる。
でも、ももちゃんだって頑張ってるんだよ。
確かに、アンタの親は酷い、異常だね。
でも、そういう時は、誰かに相談するのがいいよ。誰かに当たるんじゃなくて。」
私の言葉に、リーダー女子はなにもいえなくなっていた。きっと、図星なのだろう。
他の子は、納得してないようだけど。
ひとりの女子がいった。
「でも、具体的にどう頑張ってるの?というか、ウチらにされてどうなったわけ。」
まだこの人たちは自分たちのした罪深さに気づいてないのか…
「そうだね、塾に行ってるし、家でも予習復習やってるし、ドリルやパソコンでも勉強してるみたい。」
私がいい終わると、みんな唖然としていた。それもそうだろう、予想以上にやっていたのだから。
「そして、アンタらは、ももちゃんにどんなことをした?」
「えっと、悪口いったり、仲間外れしたり、暴力したり、ものを隠したり捨てたり…」
みんながいった。
「どう?自分がされたら。」
私がいうと、みんな学校へ行きたくなくなるといった。
「でしょ?ももちゃんだって同じ。ももちゃんにだって、心があるんだよ?
今日だって、泣いてケガだらけで帰ってきたんだから。」
みんな、ようやく罪の深さに気づいたようだった。
「それに、暴力やものを捨てたりは犯罪だからね?…親にお金払ってもらうよ。アンタたちに本当は払ってほしいけどね。」
私がいうと、みんなゾッとしていた。
普通に考えたら当たり前なのに、この人たちはなんで驚いてるんだろう?
「じゃあ。来てくれて、ありがとうね。」
私がそういって帰ろうとしても、みんなまだ呆然としていた。
ももちゃんのいるところへ戻ると、ももちゃんが心配そうに見ていた。
「あはは、心配だった?」私は笑っていった。「だいじょうぶ。ガツンといってやったから。アイツら、いい終わったとき、呆然としてたよ。」
ももちゃんはふっと笑った。その顔がとても愛らしかった。守りたい笑顔だった。
「ありがとう。桃音ちゃんは、強いね。」
「そうかな。」
「そうだよ。あの子たちにガツンといえるなんて。あの子たちはクラスのリーダー的存在で、誰も逆らえなかったんだよ。」
私は思わず吹き出した。「えー、あんなのがリーダー?」
ももちゃんはまた笑って、「強いね。」といった。
「わたし、桃音ちゃんみたいになりたいなあ。」ももちゃんがポツンといった。
「そうなの?嬉しいけど、私はももちゃんをずっと守るよ。」私がかえした。
ももちゃんがふっと笑った。
ももちゃんと帰る道は、いつもと違った。
私は不登校だ。
別に私は不登校についてなにも思ってないのだが、母は違う。
私に行ってほしいそうだ。
でも、行く気なんて今のところ1ミリもない。
そもそも、なんで学校に行かなくちゃいけないのだろう?
私は不思議でならない。
確かに、勉強は大切だし、運動もした方がいいけど…
ムリに行くところなのだろうか?
私のいとこに、同い年の女の子がいる。名前はももちゃん。
その子は学校にどうしても行きたくないのに、お母さんが許してくれなくて行ってるそうだ。
毎回、ももちゃんのお母さんに、納得できない。
だって、どうしても、なんだよ?それなのに、どうして許さないんだろう?
ついでにいうと、ももちゃんのお母さんは働いてない。だから、休んでもいいはずなのに。
聞くたびに、お母さんは「そんなこと、アナタが気にしなくていいの。」っていう。
いとこだし、私はももちゃんが大好きだから、気にしないわけない。
「気になるんです」といっても、ムシ。
ももちゃんのお母さんに比べたらウチの親はマシな方なのだろうか。
「今日も休むの?」ってあからさまに不機嫌できいてくるけど。
――
今日も、不機嫌な母に聞かれた。「今日も休む?」
私は返事の代わりにうなずいた。
それを見た母がため息をついて、学校へ連絡した。
最近では、学校への母の電話の声がマシになった。
最初の方は、声があからさまにイラついていた。(先生相手なのに)
電話が終わると、母がこちらを見た。
「ほら、行く準備しなさいよ。」
「はーい。」いわれなくても、今やろうとしてたのに……
リュックに、持っていくものを入れる。
私の母は普段は家で仕事しているのだが、今日は、珍しく外での仕事。
そのため、私はいとこの家へ行く。ちなみに、おばあちゃんの家は遠い。
準備が終わると、母と一緒に外へ出た。
外は風があって、気持ちいい気温だった。
いとこの家は近い。歩いて10分もかからない。
歩いているときは、基本喋らない。母以外でも。
あっという間にいとこの家に着いた。
いとこは、アパートに住んでいる。
その、4階。
階段が結構キツイ。
ようやく着くと、お母さんがチャイムを鳴らした。
ちょっとしてから、ドアが開いた。
「あ、いらっしゃい。」ももちゃん母が中から出てきた。機嫌がいいのか、ニコニコしていた。
「おはようございます。桃音をよろしくお願いします。」母がペコリとした。
私も「おはようございます。」と挨拶した。
私が家へ上がると、母は帰っていった。
ももちゃん母が、ドアをガチャンと閉めた。
途端に、ももちゃん母から笑顔が消えた。
ああ、そうか、母がいたから、わざとニコニコしていたのか…と思った。
「あ、おじゃまします。」
私がそういっても、ももちゃん母はなにもいわなかった。
大人って凄い。だって、感情を隠せるから。ま、子どもの前だと油断して隠せてないけど。
観察力のいい私は分かっちゃうけどね。
ひとまず、私はももちゃんの部屋で過ごすことにした。
部屋を見てみた。
あんまり、ももちゃんの好きそうなものがない。
というか、物が少ない。基本的な物しか置かれていない。
ももちゃんは、いつもこんな部屋で過ごしているのか…しみじみ思った。
何回か来たことあるけど、こんなにちゃんと見たのは初めてかもしれない。
リュックから、持ってきたものを全部だした。
そして、ももちゃんのランドセル置き場に、リュックを置かせてもらった。
つくえに持ってきたタブレットを置くと、勉強し始めた。
そう、お母さんが誕生日に買ってくれて、勉強アプリも入れていた。
だから、最近はそれをずっとやっている。
全く学校に行かないし、先生が宿題を届けてくれるのを断っているから。
やることがアプリしかないわけ。
先生の申し出を断ったことを、母はまだ根にもっているらしい。私はなんとも思わないけど。
今日は、アプリで国語と算数をやることにした。
正直、6年生の勉強をひとりだやるのは難解。
でも、ひとりでやる他ないので、いつもひとりでやってる。
どーしても分からないときは、お母さんに教えてもらってるけど。
20分後――
ふう、やっと終わった…
のびをして、学習アプリを閉じた。
散らばっているものの中から、1冊の本を取った。
その本は、近くの図書館でかりたもの。
タイトルは…「ももの冒険」。
シリーズものらしくて、ももちゃんに教えてもらった。
ワクワクできて面白いから、オススメなんだそう。
今から読むのが楽しみだ。
ももちゃんは、いわゆる読書家というやつだ。
学校で毎日のように図書室に行き、読んでいるそう。
そんなももちゃんの影響で、私も本を読むようになった。
ももちゃんは、前こんなことをいっていた。
「学校でゆういつ楽しみなのは、図書室で本を読むことなの。図書室にはね、図書館ほどじゃないけど、たくさん本があるの!」
私の中で今も心に残っている一言。
楽しみがあるのはいいことだけど、ももちゃんはそれ以外は嫌なんだと思った。
本なら図書館でも読めるし、わざわざそれが学校へ行く理由にならない気がする。
部屋にももちゃんがいないので、今日も行っているようだった。
…ムリしてないだろうか?
ももちゃんは、昔から我慢ちゃう子だった。
ケガしても、「だいじょうぶ。全然!」とかいっていた。
だからこそ、学校でイヤなことがあっても、いえなさそう。
特に、ももちゃんのお母さんはあんなんだし。
私だったら、聞いてあげれるのに。
私がいるうちに帰ってきてくれるかな。
本を半分ほど読みおわると、ガチャっという音がした。
時計を見る。もうすぐで、12時30分。
まだ6年生はこの時間に帰ってくる。
私は近よってくる足音をきいていた。
ドアが開く。私の心臓の鼓動は速まっていった。
「ただいま。」
久しぶりの、ももちゃんの声。
ももちゃん。
私は、嬉しい叫びじゃなく、悲鳴に近い声をあげた。
だって、ももちゃんが傷だらけだったのだ。声も震えていた。
私はももちゃんにかけよった。
「どうしたの?」
でも、ももちゃんは泣くばかりだった。
きっと体が痛いんだ。
私は慌ててリュックから予備の絆創膏をだして、ももちゃんに貼った。
しばらくすると、治ってきたのか泣きやんだ。
そして、もう普通の声でいった。
「ありがとう、久しぶり、桃音ちゃん。」
今度こそ、嬉しい声を上げた。
でも、まずはなにがあったか知りたい。
「ねえ、どうしたの?どこかでつまずいて転んだの?お母さん、なにもいわなかったの。」
私は、ももちゃんが最初の質問に「うん。」といってほしかった。そうじゃなきゃ…
「ううん。」ももちゃんは悲しそうにいった。
私は絶望的だった。そして、おそろおそる聞いた。
「ももちゃん、私に隠してることあるでしょ?そのケガと関係あるんでしょ。」
ももちゃんはうなずいた。そして、いった。
「あるよ。クラスの子にいじめられてるの。ケガはうしろから押されて。」
私は泣きたくなった。辛いのはももちゃんなのに。
「そうなんだ…そのこと、お母さんにいった?」
「ううん。」
「じゃあ、誰かにいった?」
「桃音ちゃんがはじめて。」
「そっか…」
しばらく、沈黙が続いた。
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「あのさ、」沈黙を私が破った。「それって、いつから?」
「うーん、2年生。」
ももちゃんの答えに驚いた。
「えっ、ウソでしょ?ずっとひとりで耐えてきたっていうの?」
私の声が震えた。聞くのがこわかった。
「うん。そうだよ。」
また、イヤな返事がきた。
「どうして私にいってくれなかったの?」
「だって、心配かけちゃうじゃん。」
「そんなことない!いってくれてよかったんだよ!」
「ありがとう!でも、いえなくて…」
「そっか…今日いってくれてよかった。このこと、先生は知ってるの?」
「いや、いってないから知らないと思う。」
「なるほど。とりあえず、お母さんにいいにいこう!」
「えっ?」
驚いているももちゃんを連れて、私はリビングにいった。
そこには、食器を洗っているももちゃん母がいた。
「あの!」私がいっても、ももちゃん母は黙って洗っていた。
「ももちゃん、最近おかしいと思いませんか?」
ようやく、返事がかえってきた。「おかしい?」
「そうです。」私は声を張り上げた。「様子が変だったりしませんか。」
また、返事はかえってこなかった。
「あの!!」私が叫ぶとももちゃん母は「うるさいわね、今忙しいのよ。」と怒鳴った。
ももちゃんが怯えて肩をすくめた。
「大事な話なんです!」私は叫んだ。
ももちゃん母は黙って食器を洗っている。
「ももちゃんが、学校でいじめられているんです!」
というと、ピタリと洗う音が止まった。
ももちゃん母が、こちらを見る。「今いったこと、本当?」じゃっかん、震え声だった。
「はい。」私はキッパリといった。「今日こんなに絆創膏しているのは、その子たちにケガさせられたらしくて。」
「ちょっとまって。」ももちゃんが割り込んできた。「ケガさせられたっていうか、背中を押されただけだよ。」
「もも、それをケガさせられたっていうのよ。」ももちゃん母がいった。もう、イラつきの顔ではなくなっていた。やっぱり、ももちゃん母は極悪人ではないのだ。こう、怒りやすいけど。
「今で気づけなくてごめん。洗い物終わったから、話を聞かせて。」ももちゃん母が真面目な顔でいった。
こんなももちゃん母を見たのは、初めてかもしれない。
基本、怒り顔や作り笑顔しかしないから。
三人でイスに座ると、ももちゃんが話し始めた。
内容は思っていたよりも酷くて、本当に許せなかった。
いい終わる頃、ももちゃんは泣いていた。きっと、いえてスッキリしているのだろう。
ももちゃん母が、優しくいった。「そうだったんだ。ごめんね、今までなにもいってあげられなくて。」
こんなお母さんが珍しいからか、ももちゃんは笑っていた。つられて、私も笑ってしまった。
笑われている本人も、少し笑っていた。
その後は、今後どうするかだった。
とにかく、ももちゃんは今行っている学校は辞めるそうだ。私もそれが一番だと思う。
でも…
「ねえ、いじめっ子たちにきちんと反省してほしくない?だからさ、いいかえしてやろうよ。ね?」
私はももちゃんにいってみた。
意外とももちゃんは乗り気なようだった。ももちゃん母は、驚いていた。
「その時私もついていくよ。ねっ」
ももちゃんはホッとしたようだった。お母さんの方は、まだ心配そうだけど。
そんなももちゃん母に、私はいった。
「ももちゃんのお母さん、アナタにも仕事がありますよ!それは、今回のことを学校側とかに伝えるんです!」
お母さんは、すぐに納得してくれた。
さっそく、明日転校するそうなので、明日の作戦をももちゃんと話した。
その後は、三人で昼食をした。
ももちゃん母は料理が上手で、今回もおいしかった。
ウチの母は料理が苦手で、いつも冷食ばかりだから、ももちゃんちで食べる料理は愛情を感じる。
食べおわった後は、自由時間。
ももちゃんと久しぶりに遊んで、最高な時間だった。
ちょうど5時の鐘が鳴ると同時に、ガチャっという音がした。
下にももちゃんと行くと、お母さんが迎えに来ていた。
「桃音、帰るわよ。」
お母さんはももちゃんを見つけると、驚いたようだった。
「あっ、ももちゃん久しぶり!元気だった?」
ももちゃんは、ニッコリして、「はい。」と、こたえた。
本当は違うのに、すぐこたえられて凄いと思った。
「よかった。さ、行くよ桃音。」
お母さんがいった。
私が靴をはくと、お母さんはカギを取りだして、ドアを開けた。
私は「おじゃましました。またね。」といってももちゃんに手をふった。
同じく、ももちゃんも手をふってくれた。
私はお母さんと手を繋いで帰った。
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いよいよ、ももちゃんがいじめっ子たちと闘う時がきた。
私は、校舎の壁に隠れて見守っている。
やってきたのは、女の子ふたり、男の子ふたりの4人だった。
コイツらが、ももちゃんを…!
私は最初から居ても立っても居られない気になった。
リーダーらしき、ポニテの気の悪そうな女子がいった。
「で、なに話って?アンタと話すことなんかないわよ。せいぜい、テストのカンニングのことくらい?」
そばにいた子がクスクスと笑う。
ああ、なんなの!ももちゃんは、カンニングなんかしないのに。
思わず、足をだんだんしたかった。けど、バレちゃまずいので抑えた。
「カンニングなんかしてないよ。」ももちゃんがいう。
ポニテ女子はあざ笑った。「してるでしょお。じゃなきゃ、毎回100点なんか取れるものですか。」
「ちゃんと勉強してるもん。」ももちゃんがいいかえした。「塾に行ってるし…!」
「なにそれ、自慢?うっざ。」となりの女子がいった。
「ち、違うよ。カンニングしてるか疑ってきたから…!」ももちゃんが叫ぶ。
と、男の子ふたりが、ももちゃんからランドセルを取り上げようとした。
「なにやってんの!」私は思わず叫び、かけよった。
いじめっ子たちの、笑う声がピタリと止んだ。男子らも手を止めた。
リーダー女子がいう。「えー、なんか、ももちゃんがあたしらに暴力してきてえ。」
ももちゃんはビックリしていた。「え、違…っ」
私はリーダー女子をにらんだ。
「なに?なんであたしをにらむわけ?被害者なのに!」
そういうと、わざと痛そうなフリをした。
なんなの?
「私、ずっと見てたし、アンタらがももちゃんをいじめてたことも、知ってるよ。だって、私はももちゃんのいとこだからね。」私がキッパリいい放つと、いじめっ子たちはオロオロしていた。
なんだ、意外と弱いじゃん。
「あのね、話があるの。」特にリーダー女子をにらんでいった。
ももちゃんには、ココで待っててもらうようにいった。四人を、別のところへ連れていった。
「ももちゃん、転校するの。なんでだと思う?」
いじめっ子らは、一気に青ざめていった。
「分かんないわ。」リーダー女子がいった。その声は震えていた。
「そう。みんなわかってる通り、アンタたちのせいなの。」
私はいちいち声を張っていった。
そのたび、いじめっ子はビクッとしていた。
「ももちゃん、アンタらのせいで、学校に行くのがイヤだったんだって。
アンタたちは、なんでこんなことを?」
自分で、自分に驚いていた。
不登校で人との関わりがなくて、人見知りになっていたのに。
愛する人を守ろうと思うと、自然と勇気が出るものなのだな。
「だって、ズルいのよ!」
突然、リーダー女子が叫ぶと、他もあれこれいいだした。
「だって、毎回テストが100点。あたしはいくら頑張っても、100点いかないのに。100点じゃなきゃ、親には怒鳴られる、追い出される。ストレスが溜まっていたのよ。ももとかいう子が、羨ましくて、嫉しかったのよ!」
「アンタのいう通り確かに、ももちゃんは凄い。
羨ましくなるのも、分かる。
でも、ももちゃんだって頑張ってるんだよ。
確かに、アンタの親は酷い、異常だね。
でも、そういう時は、誰かに相談するのがいいよ。誰かに当たるんじゃなくて。」
私の言葉に、リーダー女子はなにもいえなくなっていた。きっと、図星なのだろう。
他の子は、納得してないようだけど。
ひとりの女子がいった。
「でも、具体的にどう頑張ってるの?というか、ウチらにされてどうなったわけ。」
まだこの人たちは自分たちのした罪深さに気づいてないのか…
「そうだね、塾に行ってるし、家でも予習復習やってるし、ドリルやパソコンでも勉強してるみたい。」
私がいい終わると、みんな唖然としていた。それもそうだろう、予想以上にやっていたのだから。
「そして、アンタらは、ももちゃんにどんなことをした?」
「えっと、悪口いったり、仲間外れしたり、暴力したり、ものを隠したり捨てたり…」
みんながいった。
「どう?自分がされたら。」
私がいうと、みんな学校へ行きたくなくなるといった。
「でしょ?ももちゃんだって同じ。ももちゃんにだって、心があるんだよ?
今日だって、泣いてケガだらけで帰ってきたんだから。」
みんな、ようやく罪の深さに気づいたようだった。
「それに、暴力やものを捨てたりは犯罪だからね?…親にお金払ってもらうよ。アンタたちに本当は払ってほしいけどね。」
私がいうと、みんなゾッとしていた。
普通に考えたら当たり前なのに、この人たちはなんで驚いてるんだろう?
「じゃあ。来てくれて、ありがとうね。」
私がそういって帰ろうとしても、みんなまだ呆然としていた。
ももちゃんのいるところへ戻ると、ももちゃんが心配そうに見ていた。
「あはは、心配だった?」私は笑っていった。「だいじょうぶ。ガツンといってやったから。アイツら、いい終わったとき、呆然としてたよ。」
ももちゃんはふっと笑った。その顔がとても愛らしかった。守りたい笑顔だった。
「ありがとう。桃音ちゃんは、強いね。」
「そうかな。」
「そうだよ。あの子たちにガツンといえるなんて。あの子たちはクラスのリーダー的存在で、誰も逆らえなかったんだよ。」
私は思わず吹き出した。「えー、あんなのがリーダー?」
ももちゃんはまた笑って、「強いね。」といった。
「わたし、桃音ちゃんみたいになりたいなあ。」ももちゃんがポツンといった。
「そうなの?嬉しいけど、私はももちゃんをずっと守るよ。」私がかえした。
ももちゃんがふっと笑った。
ももちゃんと帰る道は、いつもと違った。



