暁side
家で冬羽の帰りを待っていた。
ただそれだけなのに、いつもより何となく胸騒ぎがするのはなぜだろうか。
気のせいだと言い聞かせて誤魔化すために目の前の読み終えた小説をまた手に取った時だった。
テーブルの上の自分のスマホの画面が光ったのは。
本を閉じてスマホを確認すると陽翔からだった。
普段連絡なんてしてこないあいつが連絡をしてきた、それ自体驚くことなのにその内容はもっと俺を驚かせ、そして焦らせた。
"冬羽が目の前で倒れました。今一緒に病院に向かってます"
その一文と病院の名前が送られてきたのだ。
「は?何で…」
訳が分からなかった。
だって朝はあんなに元気で、行ってくるねって、夜ご飯の話なんかしてそんな事ばかりが頭に浮かんでくる。
気づけば俺はサンダルをつっかけて走り出していた。
運良くすぐにタクシーを捕まえることができて慌てて乗り込んだ。
なるべく落ち着いて運転手に病院名を伝えるとただごとではないと感じたのか、「お客さん、大丈夫ですか?」と気遣ってくれても曖昧に頷くだけしか出来なかった。
病院に着いてナースステーションに行くとその奥に俯く陽翔の背中があった。
取り乱す俺に陽翔は申し訳なさそうにぽつぽつと話すだけであまり容量を得なかった。
冬羽が目を覚まさなかったどうしよう。
そんな弱気な気持ちになる。
何も出来ないでいる自分が不甲斐なくて話を逸らそうと陽翔に問いかけたのが間違いだった。
どうして冬羽といたのかなんて聞くべきじゃなかった。
海でたまたま会ったと言って陽翔は気まずそうに俯く。
俺は何も言えなくなった。
今日があのふたりにとってどれ程"大事な日だった"のかはいつも近くで見てきた俺が一番よく分かっている。
もう聞かなくても分かる。
冬羽はいつも心のどこかできっと陽翔を探していたのだと。
それなのに、ここまできて俺はまだ冬羽を手離したくないと思った。
だからあんなずるくて陽翔を傷つけるような言い方しか出来なかったのだ。
「冬羽入ってもいい?」
カフェで陽翔と別れてひとり病室まで戻った。
「冬羽?」
一向に返事がなくて不安になり少し扉を開けて覗いてみると冬羽はベッドで眠っていた。
怖いくらい静かなその姿に心臓がひやり、として俺は近づいてわざわざその頬に触れた。
少し口元が動いたけれど何も言うこともなくそのまま眠り続ける姿に安心してベッド横の椅子に腰掛けると小さく息が溢れた。
出逢った頃を思い出すようなあどけない顔をしている冬羽に自然と口元が綻んだことが自分でも分かる。
どこにも行ってほしくない。
このままずっと俺の側にいてほしい。
そんな気持ちが溢れ出て止まない。
「暁さん…?」
自販機に行こうと席を立った時だった。
後ろから俺を呼ぶ声が聞こえてすぐに振り返る。
そのまま側に戻ると冬羽は悲しそうに"ごめんね"と泣きそうになりながら無理やり微笑んだ。
「何で謝るんだよ。もしかして倒れたこと?全然、そんなの気にして…」
何となく冬羽が何について謝っているのかを分かってしまいわざと気づいてないふりをする。
「違うの。違うんだ、私全部思い出したの。忘れてたこと全て。陽翔君のことも全部。」
"陽翔君"
冬羽の口で紡がれたその名前が痛いほど胸を締め付ける。
「…うん。陽翔から聞いたよ」
ゆっくりと冬羽のベッドの縁に腰を下ろす。
「ずっと、暁さんのこと縛り付けててごめんなさい。私のせいで」
「待って冬羽。それは違う。俺は冬羽と一緒にいたかったから、だからずっと側にいた。選んだのは俺だよ。」
そう言って今にも泣き出しそうな冬羽の頬に触れた。
「それでも暁さんを苦しめてたことに変わりはないでしょ?私がこんなことにならなければ、」
俺の手に触れる冬羽の小さな手が震えている。
思わずその華奢な体を抱き締めた。
「誰のせいでもない。大丈夫、俺は傷ついてなんかないし辛くもない。冬羽が俺の隣で毎日微笑んでくれて、楽しそうにしてくれてるだけで本当に花が咲いたみたいに嬉しかったんだ。」
「そん、なこと…なんでそんなこと言ってくれるの?」
きっと冬羽は俺が同情だとか、親切心だけで今まで支えて一緒にいたと思っているのだろう。
そんなわけがない。
そこまで人間できてない。
「冬羽が好きだからだよ。」
目線を合わせてはっきりとそう伝える。
冬羽の頬は涙で濡れていた。
「冬羽が辛いときは俺も辛い。冬羽が幸せそうだと俺もすごい幸せなんだ。大丈夫、全部ゆっくりでいい。焦らないで。俺が冬羽を助けるから。怖かったら守るから、だからもう泣かないで。笑って?」
涙でぐしゃぐしゃなその顔が愛おしくて俺はまた抱き締めた。
「…私、ずるいんだよ?暁さんとも一緒にいたいって思うのにまだ陽翔君のこと、忘れられない。こんな私のことなんか早く嫌いに、なって。」
腕の中で泣きじゃくる冬羽はいつも本音を隠して微笑む冬羽じゃないみたいだった。
「ごめん。そのお願いだけは聞けそうにないや。」
「暁さん」
「ねぇ、冬羽。もし嫌じゃなければ、まだほんの少しでも俺に望みがあるなら冬羽の側に居させてくれませんか。」
ずるいのは俺の方だ。
今ここで彼女が嫌だと言えないことも俺を突き放せないことも分かっていてこうしているのだから。
「好きなんだ。他のどんなことに代えても、冬羽のことを手離したくない。」
こんなことは言うはずじゃなかった。
もっと大人なことを言って、分かったよって、陽翔のところへ帰りなよって冬羽が記憶を取り戻したら伝えるはずだったんだ。
だけど目の前でまだ俺と一緒にいたいとそう言ってくれたその声をもっと近くで聞いていたかった。
家で冬羽の帰りを待っていた。
ただそれだけなのに、いつもより何となく胸騒ぎがするのはなぜだろうか。
気のせいだと言い聞かせて誤魔化すために目の前の読み終えた小説をまた手に取った時だった。
テーブルの上の自分のスマホの画面が光ったのは。
本を閉じてスマホを確認すると陽翔からだった。
普段連絡なんてしてこないあいつが連絡をしてきた、それ自体驚くことなのにその内容はもっと俺を驚かせ、そして焦らせた。
"冬羽が目の前で倒れました。今一緒に病院に向かってます"
その一文と病院の名前が送られてきたのだ。
「は?何で…」
訳が分からなかった。
だって朝はあんなに元気で、行ってくるねって、夜ご飯の話なんかしてそんな事ばかりが頭に浮かんでくる。
気づけば俺はサンダルをつっかけて走り出していた。
運良くすぐにタクシーを捕まえることができて慌てて乗り込んだ。
なるべく落ち着いて運転手に病院名を伝えるとただごとではないと感じたのか、「お客さん、大丈夫ですか?」と気遣ってくれても曖昧に頷くだけしか出来なかった。
病院に着いてナースステーションに行くとその奥に俯く陽翔の背中があった。
取り乱す俺に陽翔は申し訳なさそうにぽつぽつと話すだけであまり容量を得なかった。
冬羽が目を覚まさなかったどうしよう。
そんな弱気な気持ちになる。
何も出来ないでいる自分が不甲斐なくて話を逸らそうと陽翔に問いかけたのが間違いだった。
どうして冬羽といたのかなんて聞くべきじゃなかった。
海でたまたま会ったと言って陽翔は気まずそうに俯く。
俺は何も言えなくなった。
今日があのふたりにとってどれ程"大事な日だった"のかはいつも近くで見てきた俺が一番よく分かっている。
もう聞かなくても分かる。
冬羽はいつも心のどこかできっと陽翔を探していたのだと。
それなのに、ここまできて俺はまだ冬羽を手離したくないと思った。
だからあんなずるくて陽翔を傷つけるような言い方しか出来なかったのだ。
「冬羽入ってもいい?」
カフェで陽翔と別れてひとり病室まで戻った。
「冬羽?」
一向に返事がなくて不安になり少し扉を開けて覗いてみると冬羽はベッドで眠っていた。
怖いくらい静かなその姿に心臓がひやり、として俺は近づいてわざわざその頬に触れた。
少し口元が動いたけれど何も言うこともなくそのまま眠り続ける姿に安心してベッド横の椅子に腰掛けると小さく息が溢れた。
出逢った頃を思い出すようなあどけない顔をしている冬羽に自然と口元が綻んだことが自分でも分かる。
どこにも行ってほしくない。
このままずっと俺の側にいてほしい。
そんな気持ちが溢れ出て止まない。
「暁さん…?」
自販機に行こうと席を立った時だった。
後ろから俺を呼ぶ声が聞こえてすぐに振り返る。
そのまま側に戻ると冬羽は悲しそうに"ごめんね"と泣きそうになりながら無理やり微笑んだ。
「何で謝るんだよ。もしかして倒れたこと?全然、そんなの気にして…」
何となく冬羽が何について謝っているのかを分かってしまいわざと気づいてないふりをする。
「違うの。違うんだ、私全部思い出したの。忘れてたこと全て。陽翔君のことも全部。」
"陽翔君"
冬羽の口で紡がれたその名前が痛いほど胸を締め付ける。
「…うん。陽翔から聞いたよ」
ゆっくりと冬羽のベッドの縁に腰を下ろす。
「ずっと、暁さんのこと縛り付けててごめんなさい。私のせいで」
「待って冬羽。それは違う。俺は冬羽と一緒にいたかったから、だからずっと側にいた。選んだのは俺だよ。」
そう言って今にも泣き出しそうな冬羽の頬に触れた。
「それでも暁さんを苦しめてたことに変わりはないでしょ?私がこんなことにならなければ、」
俺の手に触れる冬羽の小さな手が震えている。
思わずその華奢な体を抱き締めた。
「誰のせいでもない。大丈夫、俺は傷ついてなんかないし辛くもない。冬羽が俺の隣で毎日微笑んでくれて、楽しそうにしてくれてるだけで本当に花が咲いたみたいに嬉しかったんだ。」
「そん、なこと…なんでそんなこと言ってくれるの?」
きっと冬羽は俺が同情だとか、親切心だけで今まで支えて一緒にいたと思っているのだろう。
そんなわけがない。
そこまで人間できてない。
「冬羽が好きだからだよ。」
目線を合わせてはっきりとそう伝える。
冬羽の頬は涙で濡れていた。
「冬羽が辛いときは俺も辛い。冬羽が幸せそうだと俺もすごい幸せなんだ。大丈夫、全部ゆっくりでいい。焦らないで。俺が冬羽を助けるから。怖かったら守るから、だからもう泣かないで。笑って?」
涙でぐしゃぐしゃなその顔が愛おしくて俺はまた抱き締めた。
「…私、ずるいんだよ?暁さんとも一緒にいたいって思うのにまだ陽翔君のこと、忘れられない。こんな私のことなんか早く嫌いに、なって。」
腕の中で泣きじゃくる冬羽はいつも本音を隠して微笑む冬羽じゃないみたいだった。
「ごめん。そのお願いだけは聞けそうにないや。」
「暁さん」
「ねぇ、冬羽。もし嫌じゃなければ、まだほんの少しでも俺に望みがあるなら冬羽の側に居させてくれませんか。」
ずるいのは俺の方だ。
今ここで彼女が嫌だと言えないことも俺を突き放せないことも分かっていてこうしているのだから。
「好きなんだ。他のどんなことに代えても、冬羽のことを手離したくない。」
こんなことは言うはずじゃなかった。
もっと大人なことを言って、分かったよって、陽翔のところへ帰りなよって冬羽が記憶を取り戻したら伝えるはずだったんだ。
だけど目の前でまだ俺と一緒にいたいとそう言ってくれたその声をもっと近くで聞いていたかった。
