猫をかぶる


 病院での診察によれば、音々の症状は「日常生活に支障はないが、完治には時間がかかる」ものらしかった。まるで呪文のように複雑な病名だったので医師が何と言ったのか音々はうまく聞き取れなかったが、とにかく身体的にも精神的にも変化が大きく訪れる思春期にその動物と接触することで発症する希有な疾患だと説明された。原因はおそらく昨日の学校帰りに鳴き声を上げながら近づいてきた猫を撫でてしまったことだった。それから血液やレントゲンなどの検査を終え、ほかにこれといって問題もなかったのか「経過観察が必要なのでまた来てください」と診察が終わり、処方された薬を受け取って、音々は病院を後にした。
「何ともなくてよかったね」
 車に乗り込めば、母親が話しかけてくる。音々は背もたれに深く寄りかかると、ぶっきらぼうに言った。
「ぜんぜん何ともなくない」
「なら休む? 学校」
 しかし、その問いにはうんともすんとも答えない。ふてくされた音々の様子に、母親は「向かっておくからね」と一言かけてから車を走らせた。
 窓のむこうでは灰色の雲が広がっている。病院に入ったときは空にちらほらと浮かんでいるだけだったのに、今となっては太陽を完全に覆い隠していた。それを見て、音々は傘を持ってこなかったことに気がついた。雨が降ったらどうしようと思う。だが、母親に助けを求める気分でもなく、そのうち考えるのも億劫になって流れていく景色に意識を逸らした。
 そうやって時間を過ごしていると、車がいよいよ学校の前に止まった。「着いたよ」と母親の声がする。それに、音々はそっぽを向いた。
「やっぱり行きたくない?」
「……」
「保健室の先生に話してあるらしいから、しんどかったら逃げ込んでいいみたいだよ」
「……」
「今日の仕事終わりに、ケーキ買ってきてあげる」
 音々のへこたれていた猫耳がぴくりと動く。ただし決め手にはならなかったのか、すぐに返事はなかった。母親は伝えることを伝え、切り札も使った。あとはもう、音々の気持ちが本当はどうなのかだけだった。
「ケーキ」
 少しすると、音々がいつもより弱々しい声で言う。
「ん?」
「ケーキ、このまえのがいい」
「誕生日に買いに行ったところの?」
「うん」
 音々は小さく頷く。それに、母親はわざと声を明るくした。
「あそこ高いんだけどな~」
「だめなの?」
「この食いしん坊め。いいよ」
「やったぁ」
 音々の表情が少し和らいで、猫耳が持ち上がる。その分かりやすい変化に母親は思い浮かべたことがたくさんあったが、言葉にはしなかった。
 そうして音々は気持ちをある程度整理すると、シートベルトを外してぐいっと背筋を伸ばした。悩みや不安が消えたわけではなかったが、一歩目を踏み出さなければ何事も始まらないのだ。深呼吸をして、足下に置いていた鞄を抱え、車のドアを開ける。
 歩道に降りれば、柔らかい秋風に髪の毛が揺れた。時刻は昼前で、みんなは三限目の途中だろうか。校庭ではどこかのクラスが短距離走をしていて、音楽室からは合唱の声が届いている。昨日と変わらない日常がそこにあった。
「ねえ。尻尾って、見えてる?」
「ちょこっと見えてる」
 そう教えられ、音々はスカートの裾からはみ出ていた尻尾を中に引き上げた。ところが意思に反して、尻尾はやる気なさげにだらりと落ちてくる。
「うぅ……」
「隠してもしょうがないんじゃない? 猫耳も丸出しだし」
 恨めしそうに音々は唇を噛む。帽子を被ることも試してみたが、猫耳が押しつぶされる圧迫感に三分も経たずギブアップしていた。
「かわいいから平気だって」
「や、やめて! 余計に気にしちゃうから変なこと言わないで!」
「あっはは、ごめんごめん」
 謝ってはいるが反省の色はさらさらない。そんな母親に怒っても時間が無駄になるだけなのは目に見えていたので、音々はさっさとこの場を離れることを選んだ。
「それじゃ、行ってくるから」
「はーい。行ってらっしゃい」
 車を後ろにして歩き出す。そうすると、出鼻を挫くように母親が呼び止めてきた。
「音々」
「何?」
「大丈夫だよ」
 なんとも根拠のない言葉だった。わざわざ振り向いた労力を返してほしいと音々は思った。母親のペースに付き合うのもいいかげん面倒なので「はいはい」と適当にあしらい、再び足を動かす。
 そして車から遠ざかって、校門を越える直前にもう一回だけ視線を寄こすと、窓から手を振る母親の姿が目に映った。それに音々は、少し迷ったが、遠目では分からないであろう程度に短く手を振り返し、構内に入った。車が視界から消える直前、母親が笑みを浮かべているように見えたのは、きっと音々の気のせいだった。
 人目に付かないよう校舎にそそくさと小走りして、昇降口で音を立てないよう靴を履き替える。授業中ということもあって周りに人の気配は感じられないが、音々は自分の存在を知られたくなかった。悪いことしてるわけじゃないのにと頭では理解しているものの、足音の消し方といい姿勢の低さといい、やっていることは不法侵入のそれだった。そろりそろりと階段を登って廊下を進んでいけば、音々はようやく教室にたどり着けた。
「…………」
 たどり着けただけで、すぐに中へ入るわけではなかった。音々は近くの壁にもたれかかると、耳を澄ましてみる。教室の中では時間割りどおりに古典の授業が行われており、みんな真面目に取り組んでいるのかお喋りなどはいっさい聞こえてこない。かくも素晴らしい授業態度ではあるが、今回に限っては例えばエアコンが爆発したりしてクラス全体がどよめいていてほしかったと、音々はむなしく思った。とはいえ、ここまで来た以上は引き返すつもりもない。なにせ帰宅すればご褒美のケーキが待っているのだ。年に数回食べられるかどうかのそれを、音々は絶対に逃したくなかった。
 音々は呼吸を整えて、教室の後方に繋がる扉をゆっくりと開ける。クラスメイトは前を見ているので誰も音々に気づいた様子はなかったが、中に入ると和歌の解説をしていた教師と目が合った。
「おお来たか、桐谷。ノートは誰かに写させてもら……」
 不自然なところで言葉が止まる。それでも教師が音々の存在を口に出したせいか、クラスメイトは次々とこちらに振り返り、みんなの視線が集まった。
 誰かが「えっ?」をこぼす。
 音々はその場で息を呑んだ。
「……桐谷、ふざけてるわけじゃないんだよな?」
「ふ、ふざけてませんっ」
 教師の疑問に、音々は声を張って答える。それを肯定するかのように猫耳もぴくりと震える。
「すまん。聞いてはいたが初めて見たもんだから、つい」
 弁解されるが、なんの気休めにもならなかった。教室のあちこちから向けられる好奇の眼差しに居ても立ってもいられなくなり、音々は席に急ぐ。そうして忙しげに椅子を引き、腰を下ろせば、音々の呻き声が教室に広がった。
「いっ⁉」
 朝にも経験した痛みで反射的に身体を仰け反らせ、音々はそうだったことを思い出した。すると、どこからともなく「尻尾だ……」という呟きが聞こえてきて、湧き上がってくる羞恥心を表に出さないよう全力で我慢する。位置を調整して今度こそ何事もなく着席するものの、それは私語厳禁と教師が言明して再開された授業中でも同じで、内容のひとつも頭に入ってこなかった。
 そのうちチャイムが鳴ると、授業が終わる。なんとなく普段より早い口調の号令が済めば、クラス中の女子が興味を隠しきれないといった面持ちで音々を取り囲んだ。
「桐谷さん、それってどうしたの?」「猫耳だよね?」「めっちゃ可愛い‼」「すごーい、三角定規みたい」「もっと尻尾よく見させて!」「写真撮ってもいーい?」
 質問やら感想やら要望やらが次々に飛んできて、聖徳太子ってこんな感じなんだろうかと音々は考えさせられそうになった。
「朝起きたらこうなってて……」「そうみたい……」「い、言わないで……」「そんなに尖ってないと思うけど……」「スカートは捲らないでね……」「写真はちょっと……」
 また誰かが音々に訊く。
「じゃあ触るのは?」
「さわっ、触っ⁉」
「うん。嫌かな?」
 音々はおどおどしながら言った。
「嫌ってわけじゃない、けど」
「いいの! やった‼」
「あ、ちょっ、ひゃあ⁉」
 肯定したつもりではなかったのだ。ところが、言い方が悪かったのか許しを得たと勘違いされ、音々は伸びてきた手に猫耳を触られてしまう。
「わ、ふわふわだあ」
「私も私も!」
「あたしは尻尾~」
 一人がそうしだすと、周りもこぞってくる。
「ま、まって、敏感だからっ」
 制止しようとするが、もう遅かった。目を輝かせた女子たちに音々はあちこちをまさぐられ、全身が痺れるような感覚にさらされる。強い刺激に思わず声が出そうになるのを両手でとっさに塞いだものの、そのせいで拒否を言葉にすることもできなくなった。
 病院では触診として猫耳と尻尾を触られたが、あれがどれほど患者の身に配慮していたのかを音々は身をもって知った。あれは悪くてくすぐったいだけだった。だが、今のこれは違う。個人の好きに撫でられ、摘ままれ、弄られ、まるで愛玩動物のように扱われている。
「え、おれも触りたい」
「男子はダメに決まってるでしょうが!」
「は? そんなの差別だろ」
「差別じゃないですー。桐谷さんも嫌だよね?」
 問いかけが頭上から降ってくるが、耐えるので精一杯な音々に返答する余裕などなかった。四方八方を詰められているので逃げ出すこともできず、音々はぎゅっと目をつむってこの時間が早く終わるのを必死に願った。
「桐谷さんは何て?」
「ちょっとくらい待ちなさいよ。桐谷さん、男子が触りたいって言ってきてる」
「早くしないと休み時間過ぎるって」
「いいから黙ってて! 桐谷さんの声が聞こえないでしょ!」
 そんなとき。
「なあ」
 廊下から、音々がよく知る人物の声が響いた。
「みんな、ちょっといいか」
 その呼びかけに顔を上げていた全員が彼を見る。いつのまにか廊下に集まっていた野次馬も、彼に前を譲った。
「困ってるんじゃないのか、こんなに押し寄せて。騒ぐまえに少しは本人のことを考えてみたらどうなんだ」
 そう言われて、みんな顔をはっとさせる。音々をまさぐっていた女子たちは手を引っ込めると、すぐさま包囲を解いた。刺激が止み、やっと音々は深く息を吸える。それから頭に浮かんでいた彼の名前を呟いた。
「和、樹……」
 彼のほうに顔を向ければ、すでに彼はこちらを見ていた。その視線に、音々は言葉にしようとした気持ちが上書きれると、どう考えても間に合っていないのに大慌てで猫耳を覆い隠した。
「音々、嫌なことは嫌ってはっきり伝えろよ。いつもそれでしんどくなってるだろ」
「……わざわざ、そんなこと言いに来たの」
 足の震えを悟られないように立ち上がる。
「イヤミで言ってるんじゃない」
「じゃあ何?」
「昔からそうだから言ってる」
「でも和樹と関係ないでしょ、首を突っ込んできたくせに偉ぶらないで」
「偉ぶってない。そう捉えてるのはそっちだろ」
 教室の空気が張り詰めていた。次にどちらかが口を開けば言い争いが始まりそうな雰囲気で、誰もがごくりと固唾を呑んでいる。しかしながら、好奇心の勝った者がいるのか「桐谷さんと森山くんってどういう関係なの?」という疑問がこそこそと話された。「幼馴染みらしいよ。詳しくは知らないけど」「えっ、そうなんだ。どおりで……」。おそらく当人たちは内緒話のつもりだったのかもしれないが、緊迫した状況下でそれに耳を傾けない人はいなかった。
 そうすると周囲がざわめきだし、隠してはいなかったが知ってほしいとも思っていなかったことを公にされた音々は居たたまれない気持ちになった。
「いいから! 満足したならさっさと行ってよっ」
「言われなくてもそうするつもりだった。通りかかっただけだからな」
「あっそ。なんなのもう」
 胃の中にむかむかした感情が溜まっていた。母親にからかわれたときに抱くものと違ってうまく消化できず、人前で吐き出さないようにぐっと堪える。
「早くしてってば。まだ何か言いたいの」
 なぜかその場をすぐに離れない彼を見て、音々は急かした。そうするつもりだったと言っておきながら、彼は眼差しをより真剣なものにするとじっと見つめてきていた。
「音々、そのまま聞けよ」
 まるで忠告するような口ぶりだった。音々が顔をしかめて怪訝な表情を作ると、彼は続けて言った。
「スカートが尻尾でめくれてるから、後ろの人はたぶん見えてる」
 何がとは言葉にしなかった。だが文脈から判断して、意味するところは、つまり。
 音々はしまりの悪いネジを回すようにギギギと首を動かす。そうやって後ろを向くと、視界に映ったのはスカートの中にしまっているはずの尻尾だった。とんでもない角度で反り立っており、これまでとは打って変わってやる気をみなぎらせている。音々の後方にいた人たちは、それがそうであることを肯定しているのか頷きを繰り返していた。
「……‼」
 ぼふんっと蒸気が音々から上る。すぐにスカートを押さえつけるものの、そんなの関係ないぜと言わんばかりに尻尾は自己を主張して引き下がらない。どれだけ力を込めても頑なに従ってくれず、音々は奥歯を噛みしめると涙ぐんだ目で彼を見た。
「もっ」
 もっ?
「もっと早く教えてよこのバカぁぁああああ‼‼‼」
 瞬間、筆箱が彼の顔面にクリーンヒットした。幸いにも綿で作られた製品だったので怪我をするほどではなかったが、その衝撃で彼は少し仰けぞり「ってえ」と声を漏らす。
 そんな光景にみんなが唖然として気を取られているあいだに、音々は教室を抜け出した。廊下を走ってはいけないことも忘れてただひたすらに足を動かした。遠くから「音々!」と名前を呼ばれても振り向かず、階段に差しかかると全速力で一階まで下りて近くのドアから外へ出る。そして息を切らしながら校舎のふちをしばらく歩き、誰も見当たらないことを確認すれば、ようやく足を止めた。人のいない場所なら別にどこでもよかった。
 ぐすりと鼻をすする音がする。水滴が地面に跳ねて、染みを作った。
「うそつき」
 呟きがこだまする。
「大丈夫じゃないじゃん……」
 音々は膝を抱えるように座り込むと、そこに顔をうずめた。もう無理だった。蓋をしていたはずの感情が両目から溢れてくる。なんで、なんでこんなことになったんだろう。彼に言われたように嫌なことを嫌だと口にできていたら違ったのか。それとも、母親の提案に乗せられず最初から学校を休んでいればよかったのか。頭にいろんな問いが生まれて渦巻くように混ざり合い、やがて否定しようのない答えが音々の中に残った。そうだ、何もかもこの猫耳と尻尾のせいだった。こんなものが勝手に生えてくるから何もかもおかしくなったのだ。そう考えつくと音々はこの猫耳と尻尾が憎くなって、根元から引きちぎろうと握り込んだ。これまでと同じように気味の悪い感覚が襲ってくるが、どうでもいい。引きちぎってしまえば二度と経験しなくてよくなるのだから。
 だから、ひと思いに引きちぎって。
 引きちぎったら、元の日常に戻れるのだろうか?
 みんなにされたことも、彼にしてしまったことも、全部なくなってくれるのだろうか?
 音々はわからなかった。わからなくて、わからないのに胸がひどく苦しい。呼吸をするたびに鈍く軋んで治まってくれない。気づけば身体が震えていて、音々は寒さを感じた。
 そのうち休み時間が終わり、賑やかな校舎に静寂が戻る。今ごろ教室では次の授業が始まっているというのに、音々はどうしても動けずにいた。それを考えれば考えるほど、気が遠くなって倒れてしまいそうになるのだ。もういっそのこと意識をこのまま手放して楽になってもよかったが、横になるなら冷たいコンクリートの地面ではなく暖かいふかふかのベッドがいいなあと頭の片隅で望んだ。
 ふかふかのベッド。
 その在処を、音々は思い出す。校舎の一階、廊下のどん詰まり。ここから百歩もしない場所にある部屋。「しんどかったら逃げ込んでいいみたいだよ」という母親の声が耳の奥で再生される。
「……」
 音々はふらりと立ち上がると、保健室に向かった。歩いてきた道を戻り、誰もいない廊下を進む。窓ガラスには自分のやつれた顔とうなだれている猫耳が映っていて、これに保健室の先生はどんな反応をするんだろうか。どんな反応をされてもより憂鬱になりそうだった。
 そうして目的地に着くと、音々は少しためらってから扉をノックした。むこう側から「どうぞ」と声が届けば、そっと開けて中に入る。
「しつれいします……」
「ん、いらっしゃい。桐谷さん」
 先生はデスクに座っていた。まるで音々が来るのを分かっていたかのように最初から柔らかい表情をしていて、目が合うとにこりと笑ってくれる。
「ベッド使う?」
 その質問に音々がこくりと頷くと、先生は近くのベッドを手際よく整えた。音々は何も言えずに突っ立っていたが、準備が済んだのか先生から座るよう手招きされると素直に応じた。
「ちょっと待っててね」
 先生はそう言うとデスクの上に置いてあった水筒を開けて、フタに中身を注いだ。それをこぼさないように持ってくると、手渡してくれる。
「飲んでみて」
 鮮やかな紅葉の色をした飲み物だった。言われるままに、音々は一口飲んでみた。すると舌を火傷しない程度の温かさと、ほんのり甘い味が口の中に広がった。
「おいしいです……」
「ハチミツを入れてるのよ。ほっと一息つけるからいつも作ってきてるの。いろいろ組み合わせを試してみたけど、これが先生のお気に入り」
 先生の穏やかな声を聞きながら、音々はもう一口含む。そうすると凍りつきそうだった身体がぬくもって、震えがだんだんと小さくなった。貰った分を飲みきってフタを返せば、先生は嬉しそうに受け取ってくれる。
「わたしが来るの、先生は分かってたんですか」
「ううん、来てくれたらいいなって。保健室ってそういうところでしょ? それにね」
 先生は一拍おいてから言う。
「さっき、森山くんが尋ねてきたの。桐谷さんはいませんかって」
「和樹が?」
「ええ。すごく申し訳なさそうな顔をしてたから、桐谷さんに何かあったのかなって勘ぐっちゃった」
 音々は黙り込む。
「安心して、何があったのかは訊かないから。森山くんもいないって分かったらお礼だけ言ってすぐ帰っちゃったし。でも、かなり疲れてるんじゃない? そう顔に書いてあるもの」
 音々は目を擦る。
「寝る?」
「そうしたいです……」
「じゃあカーテン閉めましょうか。大体はそこに座ってるからいつでも話しかけていいからね」
 その気遣いに音々が感謝を伝えれば、先生は笑顔で頷いてくれた。
 カーテンが閉め切られて個室になると、音々はベッドに身体を転がせ、枕に頭を沈めた。心地よい反発だった。一度そこに身を預けると全身の力が抜けきり、しだいに眠気が増してくる。
 猫耳と尻尾のこと。教室で起こったこと。彼のこと。
 今だけは全部を忘れたくて、音々は瞼を下ろした。