Music of Frontier

あのとき、ミヤーヌは高校を卒業したばかりで、実家の楽器専門店を手伝っていた。

最初にミヤーヌを見たときの感想は、

「イケメンの上に自分の家の店を継げるなんて、こいつ勝ち組かよ」

だった。

さすがに本人には言えないが。

けれども、ミヤーヌも別に、ぬるま湯の中を生きてきた訳じゃなかった。

エルとはまた違った苦労を、たくさんしてきたのだと、後になってから知った。

そりゃまぁ、そうだよな。

皆生きてりゃ、何かしらあるもんだ。

ミヤーヌとエルが初めて仕事以外の話をしたのは、エルが楽器専門店で働き始めて一週間がたった頃のことだった。

ミヤーヌが、店に置いてあるキーボードを、手慰みに弾いているところを見かけて、エルがぽつりと呟いたのがきっかけだった。




「…上手いなぁ…」

「…え?」

エルの呟きに気づいたミヤーヌが、くるりと振り向いた。

あ、やべ。

つい、感想がぽろっと。

ミヤーヌの演奏は確かに上手かった。エルはちっともキーボードは弾けないから、自分と大して年齢の変わらないミヤーヌが、上手に弾きこなしているのが羨ましかった。

「…」

「…」

お互い陰キャだったエルとミヤーヌ。次に何を言って良いのか分からなかった。

しばらく無言で見つめ合い、次に言葉を発したのはミヤーヌだった。

「…その…エルーシアは、何か楽器は…?」

…楽器…。

「キーボードは弾けないけど…ドラムなら、ちょっと」

とてもじゃないが、ミヤーヌほどの習熟度はない。

何せ、エルが音楽を本格的に始めたのは、家を出てからだったのだから。

「ドラム…それは羨ましいな。俺は、鍵盤楽器しか弾けないから」

「いやぁ…鍵盤楽器の方がレベル高そうでうらやま…しい、です」

突然、エルはミヤーヌが一応上司であることを思い出した。

すると、ミヤーヌは。

「年も大して違わないんだし、普通に接してくれて良いよ」

「あ…はい、いや、うん。分かった」

その方が有り難い。 同年代相手に堅苦しい敬語は、どうにも性に合わない。

「それで…エルーシアは、ドラムが出来るんだったな」

「あ…うん。ミヤノは、キーボードが出来るんだよね」

あの頃は、まだミヤーヌをミヤーヌと呼んでいなかった。

初対面からあだ名はさすがにな。

「…」

「…」

このとき、エル達は無言で見つめ合いながら、お互い同じことを考えていた。

「…ドラムってことは…何か、バンドでもやってるのか?」

「いや…やってない。そっちこそ、キーボードってことは、バンド活動とか…」

「いや…まだなんだ」

…成程。まだ。

まだってことは…いずれは、ってことだよな?

そう思って良いんだよな?

「えぇっと…。ちなみに、今バンドメンバーの募集…とかは…」

「特にはしてないけど…。ゆくゆくは誰かと一緒にやれたらな、と…。下手くそなドラムで良ければ、だけど…」

「そうか…。俺も、大して上手くもないキーボードで良ければ、誰かとバンド組みたいと思ってるんだが…」

「…」

「…」

…うん。

これもう、言っちゃって良いよね?

良い…んだよね?間違ってないよね?

あぁ、もう良いや間違ってても。

崖際まで来たのだから、あとは飛び降りるだけだろう。

すると、エルより先に、ミヤーヌが飛び降りた。

「…良かったら、一緒にやらないか?バンド」

「おぉ…奇遇だな。エルも今、同じこと考えてたところだ」

…これが、記念すべき『frontier』、その前身である『ダーク・エンジェルズ』結成の瞬間であった。

…まさか、こんな間抜けなスタートだったなんて、恥ずかしくて言えない。