Music of Frontier

これは、さすがに隠すことは出来なかった。

骨折と言っても、難しい骨折じゃなくて、しばらく包帯巻いて大人しくしておけば、綺麗に治るものだったが。

それでも、骨折は骨折。

痛みはそれなりのものだし、治療せず我慢しきれるものでもなかった。

母に連れられて病気に行き、俺は怪我をした原因を「体育の授業でバスケットボールをして、突き指した」と説明した。

まさかいじめの一環です、なんて、母が傍にいる手前、口が裂けても言えなかったから。

だが、実はあのとき、俺を診察した先生は「これは突き指の骨折じゃない」と気づいていたそうで。

俺が聞いていない隙に、母に「息子さんはいじめを受けてるんじゃないか」と言ったそうだ。

母も、最近の俺の変化に薄々気がついていたこともあり、本当にそうかもしれないと思ったらしい。

でも、俺があまりに頑なに口を閉ざすものだから、敢えて指摘して良いのか頭を悩ませていたようだ。

俺が就寝後に、両親がリビングで神妙な顔つきで家族会議していたと、後になって聞いた。

父は、「指とはいえ、骨折するほどの怪我をさせられたのだから、もう黙ってはいられない」と言った。

母も同意だった。

ピアノを弾くには何より大事な、右手の指を怪我させられたことが許せなかった。

後遺症が残らなかったから、まだ良かったものの。

もし後遺症が残っていたら、これからの音楽人生が台無しになってしまう可能性さえあったのだ。

冬になれば、「指が霜焼けしないように、ちゃんと手袋をつけなさい」と口を酸っぱくして言うような母だったから、余計に腹が立ったのだろう。

これはもう、学校に乗り込むべきか。

でもそんなことをして、余計に浮いてしまったら、俺にとって良くないのではないか…と。

俺が寝た後に、毎晩話し合っていた両親のことを思うと、情けなくて泣きたくなってくるが。

結局、両親より先に、俺の心が折れた。

俺はある日突然、学校に行けなくなった。

先程言ったように、学校に行こうとすると、酷く体調が悪くなってしまったからだ。





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