Music of Frontier

大事件が起きた。

ベーシュさんのお父様が、倒れられて緊急入院した。

…と、いう連絡が来たのに、ベーシュさんは呑気にりんご飴を食べに行こうとしている。

これは由々しき事態である。

「い、行かなくて良いんですかっ!?ベーシュさんのお父様なんでしょう?」

「え?うん」

「確か…ベーシュさんのお宅は、父子家庭、だったんですよね?」

「そうだよ」

…つまり、父一人、娘一人な訳だ。

それなのに、お父様のピンチが差し迫っている今、ベーシュさんはこの調子。

「そんな…。危ないんじゃないんですか?ベーシュさんのお父様…」

「さぁ…。何で倒れたのかは聞いてないから…」

「さぁって、あなた…そんな他人事のように…」

「…だって、私達絶縁してるんだもの」

「…」

…そんなけろっとして言われてしまうと。

俺だって…気持ちが分からなくもない。

俺も、実の親と決別しているのだから。

拗れた親子関係ってのは、そんな甘っちょろいものではないことも知っている。

ちょっと謝ったくらいで修復出来るものじゃないことも。

でも…。

「…ベーシュさん、昔は…お父様と仲良かったんですよね?」

「…うん」

ベーシュさんは、こくり、と頷いた。

俺の親のように、修復も何も、もとから破綻した関係だった訳じゃない。

もとは仲良し親子だったのだ。

…ベーシュさんお得意の激酸っぱジュースだって、お父様直伝のものなんだよね?

「…俺も、自分の親とは縁を切ってる身ですから、偉そうなことは言えませんが…」

「…」

「…このままもし、お父様も死に別れるようなことになれば…きっと、一生心にぽっかり穴が空いたままですよ」

「…そうかな?」

「…多分」

もしベーシュさんに、ほんの少しでも未練があるのなら。

会っておいた方が良い。

「…そっか…」

「…ベーシュさん…」

「…確かに、後悔は…したくないね、もう」

「…俺も、そう思います」

俺の場合は、もう手遅れだけど。

ベーシュさんは、まだ間に合う。

「…じゃあ、ルトリアも一緒に来てくれる?」

「えっ…俺もですか?」

「うん。うちのお父さん、暴れると手がつけられなくなるタイプだから。昔、私がクラスメイトの男の子にからかわれたときなんて、烈火のごとく怒って、結果向こうの親のみならず一族郎党が総出で、土下座で謝りに来たことがある」

「!?」

そ…それは。

「暴れられると私でも避けきれないかもしれないし。ルトリアがいてくれると心強い」

「そ、そ、そうですか…。それ…俺の命は大丈夫なんでしょうか…」

うっかりテレビとか投げられたらどうすれば良いの?

ベーシュさんは避けられるかもしれないが、俺は多分直撃コースだよ。

生きて…明日の太陽を拝めるだろうか?

正直逃げたかったが、ここまで偉そうなことを言っておきながら、「一人で行ってください」なんて言えるはずがない。

…腹を括れ、ルトリア・レイヴァース。

いざとなったらベーシュさんの盾になるくらいのつもりで行け。

それが男というものだろう。

…つっても、ベーシュさんって男の俺より度胸と腕力あるもんなぁ…。

成程ベーシュさんの怪力は、お父様譲りなのかもしれない。