Music of Frontier

大抜擢…大抜擢なぁ。

確かにユーリアナさんの言う通り、これは大抜擢だ。

帝国騎士団が、毎年慰労会を開いていることは知っている。

姉が言ってたのを覚えている。慰労会で演劇公演が行われたから、観に行ってきた、と。

毎年、演劇とかコンサートとか、やってるんだよね。確か。

…俺は…生涯で一度も参加することなく終わるのだと思っていたが。

…まさか、公演する側として参加する機会を得るとは。

「成程…。確かにそれは名誉だな」

「すげぇ!名指し?帝国騎士団がエル達を名指し?すげぇ!何でだろ?」

「もしかしたら、帝国騎士団の偉い人に私達のファンがいたのかな」

「いや…そんなコアなファンがいるのか…?」

どういう動機で、俺達を名指ししたのかは知らないが。

素直に喜んで良いのかどうかは、微妙なところだ。

俺の事情について知らない、ミヤノ、エルーシア、ベーシュさん、そしてユーリアナさんの四人は、この大抜擢を大変名誉に感じているようで、皆興奮していた。

俺も…あの事情がなければ、素直に喜んでたんだろうが。

「…」

ルクシーもこの不機嫌顔。

「受けて良いですよね?指定された日には、動画撮影の予定が入ってるんですけど、そちらは別の日にずらせるので」

「さすがに、優先順位が違うもんな」

ユーリアナさんは、当然この話を受けるつもりでいた。

受けないはずがない。こんな名誉な仕事。

帝国騎士団からお仕事の依頼を受けるなんて、滅多にあることではない。

この話を断るなんて、失礼極まりないだろう。

しかし。

「…やめよう。その仕事は」

ルクシーは、皆の興奮に水を差すことも厭わず。

俺の代わりに、そう言ってくれた。

「…へ?」

これには、エルーシアもぽかん。

何言ってんの?みたいな顔だ。

そりゃ、こんな名誉なお仕事を断るなんて、何言ってんの?と言いたくなるのも分かる。

「断るの?何で?」

ベーシュさんもきょとん。

何でと言われると…とても困るのだが。

さすがに…俺の過去に何があったかについて、ここで長々と語るのは遠慮したい。

「他の仕事なら受ける。でも…帝国騎士団絡みの仕事だけは、断らせてくれ。そうでないと…」

「…構いませんよ。別に」

俺は、ルクシーの言葉を遮るようにそう言った。

ルクシーが、俺の為に断ろうとしてくれていることは分かっている。

その気持ちは有り難い。

実際…少し前までの俺だったら、この時点でまた前みたいに、この場に膝をついて胃液を垂らしていただろう。

でも…不思議なことに、今はそんな気にならないのだ。

「ルトリア…!でも」

「本当に大丈夫です。今は、もう…」

怖いとも思わないし、嫌悪感もない。

立ち直ったのかと聞かれれば、きっとそうなのだろう。

「平気なので。行きましょう。こんな名誉なお仕事、断るのは勿体ないですよ」

この仕事は、『frontier』にとっても大きなステップになる。

俺の下らないトラウマのせいで、断る訳にはいかない。

「でも…。でも、ルトリア。無理しないでくれ。今無理したら…病気が…」

…余計に悪くなるかも、と?

確かに、タイミング的には最悪だね。

摂食障害もようやく治りかけているのに、こんなときにまた、俺のトラウマの根元に触りに行くなんて。

しかし。

「本当に大丈夫ですって。無理だったら無理って言ってます」

「…」

俺だって、ステージでぶっ倒れる訳にはいかないんだからさ。

無理なら、無理ってちゃんと言うよ。

でも、本当に大丈夫だから。