Music of Frontier

俺は、拒食症と診断された日から、時間の許す限り外を散歩するようになった。

食べない癖に運動なんて、とルクシーは顔をしかめたが。

エインリー先生曰く。「動けばお腹空いて、食べられるようになるんじゃないかなぁ?」とのこと。

成程それは一理ある。

あと、気分転換も兼ねて。

お仕事があるから毎日散歩は出来ないが、暇があれば歩くようにしている。

彼らを見つけたのは、その散歩の途中だった。








「あっ、ねぇねぇルルシー。見て、『frontier』のボーカルさんですよ」

ドラッグストアの前の交差点を曲がろうとしたとき。

そんな声が聞こえて、俺は反射的に電柱の影に隠れた。

街を歩いていて顔バレするほどの有名人じゃないと思って、普段は素顔で歩いているけど。

こんな街角で「サインください!」とか、「写真撮ってください!」なんて言われたら、困る。

俺はこんなときの為に持ち歩いていたマスクをつけようとした。

もう顔バレしたのなら、今更隠しても意味ないかもしれないが…。

と、焦っていると。

「ん…?あぁ、本当だ。『frontier』だな」

「このブランド良いですよね~。俺にとっては安物だから、普段はこんなの買わないんですけど。キャンペーンモデルが『frontier』と聞いたら、買わない訳にはいかないですよね」

…?

そっ、と電柱の影から顔を出すと。

二人は、俺ではなく、ドラッグストアのポスターを見ながら話していた。

よく見ると、そのポスター、先日俺達がキャンペーンモデルを務めた、新発売の化粧品の宣伝ポスターだった。

俺の顔がでかでかと写っている。

あぁ、成程…。俺に気づいたのではなく、あのポスターに気づいたのか。

と言うか、あの二人組…何処かで見覚えが。

特に、あの全身黒ずくめで派手な格好をして、フェロモンをぷんぷん撒き散らしている方…。

忘れようと思っても忘れられないタイプの人だ。

「しかしこのボーカルさん、本当イケメンですよね」

「ん?まぁ、そうだな」

あっ、えっと…。

…その、ありがとうございます。

しかし黒ずくめの彼は、屈託のない笑顔でこう続けた。

「俺の次くらいにイケメンですよね!」

「…」

あくまで俺は、彼の次らしい。

「…お前な。その自信は何処から来るんだ?」

黒ずくめさんの相方が、呆れたように言った。

「え?だって俺のハーレム会員は全員、俺の顔見たら、跪いて俺の靴をぺろぺろ舐めますよ?」

「いや…お前のハーレム会員はそうだろうけど…」

…ヤバい人だ。

「皆がイケメンだって言ってくれるんだから、俺はイケメンってことで良いんじゃないんですか?まぁ…あくまで、世界で二番目ですが」

「え。二番目なのか?一番は誰…?ルリシヤ?」

「そんなの…ル・ル・シーに決まってるじゃないですか~!俺にとっては世界で一番イケメンですよ!」

「…聞くんじゃなかった…。ってかくっつくな!」

怪しい二人組は、じゃれつきながらそのまま歩き去っていった。

「…」

端から見ると、大変怪しい…いや、妖しいカップルなのだが…。

実は俺は、そのやり取りを見て、胸のつっかえが取れたような気持ちになったのだ。